第二回 仮想の切実さ
*仮想と現代
初対面の人に会いに行く。メイルや電話のやりとりで、大体このような人ではないか、というイメージはできている。待ち合わせの喫茶店で、その人が私を見て立ち上がる。顔や姿を見た瞬間、それまで自分の中にあった仮想が裏切られる。仮想の中に息づいていた人は、この世界のどこにもいなかった存在として捨てられる。
有名な文学作品を、初めて読む。それまでにふと目にした紹介文や人から聞いた読後感で、こんな作品かなと予期して読み始める。頁を捲るうちに、予期していたものとは違うものとの出会いがある。その出会いに心を動かされつつも、心の中に「こうではないか」と思い浮かべていた仮想の作品は掠れて消えていく。自分の心の中にあったその本は、実は幻の存在だったのだと気が付く。
友人とキャンプに行く約束をする。木漏れ日がこんな風に煌めくだろう、夕暮れにカレーの匂いが立ちこめ、夜の闇にたき火が揺らめき、ウィスキーを片手にこんなことを語り合うだろうと想像する。しかし、当日、台風が来る。風が吹き雨が降る。早朝の電話でキャンセルし、雨音を聴きながら静かに自分の部屋で休日を過ごす。穏やかな時間の流れの中で、友人と過ごすはずだったキャンプの仮想は、次第に心の中から消えていく。
経験科学は、「今、ここ」に起こったことを扱う学問である。科学的アプローチの大前提をなす因果性は、「今、ここ」で起きることの間の相関を扱う。宇宙の中の遠くへだった場所の出来事が、瞬間的に今ここの出来事に影響を及ぼすことはない。「今、ここ」が次の瞬間にどうなるかを知るためには、「今、ここ」の周囲の様子だけわかっていれば良い。これが、局所的因果性の考えであり、そのような因果性が成り立つ時空を数学的形式で表現したのが相対性理論におけるミンコフスキー時空である。
科学的精神が知らず知らずのうちに日常感覚にまで浸透している現代に生きる私たちは、実際に起こったことしか「体験」と呼ばない傾向がある。「今、ここ」で実際に起こったことしか、相手にしないという実際的な態度が染みついている。私たちの日常の体験の中に溢れている、「起こったかもしれないこと」、「あったかもしれないこと」は、客観的に見れば体験でもなんでもない。そんな、現実化しなかった仮想を後生大事に抱え込んでいて何になろう。それが現代の実際的態度である。そのような実際的態度が、現代の技術文明と高度に発達した経済社会を支えている。
私も、随分長い間、そのような現代的、実際的な考え方に特に意識することなく浸っていたように思う。もちろん、想像すること、可能性が大切だなどと時折言いはしたが、そのようなことも、最終的には現実に担保されてのことであった。仮想そのものが人間にとって持つ重大な意味を、自分の生き方と絡めて受け止めようとはしていなかった。
それが、ある出来事がきっかけで変わった。現実化しない仮想ほど人間にとって大切なものはないと考えるようになった。仮想の切実さについてもう一度考え、仮想する自由を取り戻すことが現代人にとって重要な命題であり、その過程で局所的因果性に基づく経験主義科学の限定を超えなくてはならないと思うようになった。もちろん、そのような考え方の変化が急に起こるはずはない。長い時間をかけて無意識の中で準備されたのだろうと思う。しかし、はっきりとそう悟ったのは、ある出来事がきっかけだった。
年の暮れに、私は羽田空港にいた。一番の飛行機で旅行から帰ってきて、レストランでカレーライスを食べていた。私の横に、家族連れがいた。五歳くらいの女の子が、隣の妹に話しかけていた。
「ねえ、サンタさんていると思う? ○○ちゃんは、どう思う?」
それから、その女の子は、サンタクロースについての自分の考え方を話し始めた。
「私はこう思うんだ・・・・」
その先を、私は良く聞き取れなくなった。様々な思いがこみ上げてきて、私はカレーライスの皿の上にスプーンを置いた。
「サンタクロースは存在するか?」
この問いほど重要な問いはこの世界に存在しないという考えが、私を不意打ちしたのだ。脳と心の関係を巡って考え続けてきた思考の作業の集積点が、その女の子のたわいのない言葉の中に凝縮されているように思われた。水を含んで柔らかくなっていた堤防が、女の子の手の優しい一押しで決壊したのである。
サンタクロースが五歳の女の子に対して持つ切実さとは、すなわち仮想というものの切実さである。サンタクロースは、仮想としてしか十全には存在しない。サンタクロースの実在性を証明しようとして、目の前にでっぷりと太った赤服、白髭の男を連れて来たとしても、私たちはしらけて笑うだけだろう。五歳の女の子にとっても同じことである。それでも、現代の私たちは時に、サンタクロースのような仮想にさえ、現実への接地を求めようとする。サンタクロースの橇の位置を人工衛星を使って追跡するという形で、フィクションの現実世界への接続を考えたりする。しかし、このような接地では、仮想の持つ切実さの核には届かない。サンタクロースは、決して現実化されない仮想であるからこそ切実なのであり、現実化された瞬間、陳腐な具象に転化してしまうのである。
思春期、私たちは未だ接することのない異性について、様々な仮想を思いめぐらす。そのような仮想は、現実の異性によって必ずといって良いほど裏切られる。裏切られる失望と、現実の肌合いの魅惑が交錯する。そのような交錯点で、ユングならば「アニマ」と呼んだかもしれないその仮想の異性像を捨て去ることを、私たちは成長と呼ぶ。現代においては、世界のどこにもいない理想の異性像を大事に抱え込むことなど、青臭い、それどころか病的なことだと思われがちだ。少なくとも、そのような現実のどこにもいない異性像を追い求める青年は、「もてない」のではないか。それでは、困るのではないか。現代人はそのように考えがちである。
樋口一葉の『たけくらべ』に描かれた恋は淡い。蝋燭の火の淡さが現代の蛍光灯によってかき消されるように、『たけくらべ』の中の恋心の淡さは、携帯でつながる現代の恋の明るさの前に消されてしまいそうである。
正太の、幼なじみの美登利に対する報われることのない片思い。
正太顏を赤くして、何だお六づらや、喜い公、何處が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退きて、壁際の方へと尻込みをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの、と圖星をさゝれて、そんな事を知る物か、何だ其樣な事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたゝきながら、廻れ廻れ水車を小音に唱ひ出す、美登利は衆人の細螺を集めて、さあ最う一度はじめからと、これは顏をも赤らめざりき。
一方、鼻緒を切ったのを助けようと駆け寄り、その人が密かに思いを寄せる真如だと悟って顔を赤らめ、ためらう美登利の恋心。
見るに氣の毒なるは雨の中の傘なし、途中に鼻緒を踏み切りたるばかりは無し、美登利は障子の中から硝子ごしに遠く眺めて、あれ誰れか鼻緒を切つた人がある、母さん切れを遣つても宜う御座んすかと尋ねて、針箱の引出しから友仙ちりめんの切れ端をつかみ出し、庭下駄はくも鈍かしきやうに、馳せ出でゝ椽先の洋傘さすより早く、庭石の上を傳ふて急ぎ足に來たりぬ。
それと見るより美登利の顏は赤う成りて、何のやうの大事にでも逢ひしやうに、胸の動悸の早くうつを、人の見るかと背後の見られて、恐る恐る門の傍へ寄れば、信如もふつと振返りて、此れも無言に脇を流るゝ冷汗、跣足に成りて逃げ出したき思ひなり。
やがて、美登利の様子が急変する。美登利は、一足先に大人の女の世界に旅立っていくのである。真如と美登利の恋、正太の美登利に対する片思いは、この現実の世界の中では報われることなく消えていってしまう。後には渡せなかった友仙ちりめんの切れ端が一つ残される。
このような、現実化しない恋について、現代の私たちはどのような態度を取るのだろう。自分の遺伝子を最大限に残すのが人間心理の目的であると嘯く進化心理学を持ち出すまでもない。恋は報われるに越したことはない、報われない場合は仕方がないという実際的な態度を超えて、私たちは果たしてどれくらい真摯に報われない恋の仮想の切実さを引き受けられるのだろうか。
資本主義というのは徹頭徹尾実際的な制度である。その実際的な制度が、グローバリズムの名の下で世界中を覆いつつある。ヴィジョンは現実化されてこそマーケットの中で評価されるのであって、現実化されないものは淘汰される。私たちはそのような思考の癖を持っている。進化心理学と社会的ダーウィニズムは一連なりである。現実との直接的なかかわりを持たない仮想などにはつき合っている暇はない。そのような、実際的な態度が現代を特徴付けている。
一方で、時代が変わっても、人間の性質はそれほど変わりはしない。初恋の仮想も、日常生活の中で流れに浮かぶ泡沫のように生まれては消える取るに足らない仮想も、実現しなかったからこそ切実な作用を私たちにもたらす時がある。日常の小さな仮想の背後に、さらに膨大な仮想の空間が広がっている。『三四郎』の広田先生が言うように、熊本より東京は広く、東京より日本は広く、そして、日本より頭の中のほうが広い。物理的な世界全体よりも広い仮想空間の中に、人類は様々な文学、芸術、音楽の作品を創り上げてきた。では、そのような仮想の世界の切実さに、私たちはいったいどれくらい真剣に向き合っているのだろう。今日において『たけくらべ』を読むことの困難さは、言葉の難しさだけに起因するのではない。
*仮想という反現代
現実のどこにもないからこそ切実な仮想ということを考える時、私の心の中で浮かび上がってくる一つの光景がある。ドイツの作曲家、リヒャルト・ワグナーの墓の風景である。
ワグナーがすぐれて仮想の人であることは言うまでもないだろう。ワグナーの楽劇に出てくるヒーロー、ヒロインに、「今、ここ」の現実に満足している実際的な人間は一人もいない。『ローエングリーン』、『ニーベルングの指輪』、『トリスタンとイゾルデ』、『パルジファル』。その楽劇の中で、ワグナーは現実の生活空間よりも、仮想の方にリアリティを感じる人間を一貫して描いた。目の前にいる現実の恋人には目もくれず、肖像画の中の男の魂の救済のために命を投げ出すことを夢想する少女。恐れを知らず、火を吐く竜にさえ恐怖を感じなかった若者が、目の前に横たわる美しい女に心を引かれ、拒絶される可能性を感じた時に初めて恐れを知り、母の名を呼ぶ。弟殺しの疑いをかけられ、自分を窮状から救ってくれる白鳥の騎士を夢見る王女。実際的であることが健全であるというのが現代の精神であるとするならば、ワグナーは徹底して不健全な人間を描いた。実際、ワグナーの楽劇は、仮想という病にとりつかれた魂の群像のようなものである。
借金取りから夜逃げする。友人の妻を奪う。革命に失敗し、命からがら逃げ出す。破滅の直前に、月の王ルートヴィッヒに救われる。そのような、まるで仮想と追いかけっこするようなワグナーの生涯。その最後にたどり着いたのが、バイエルンの小都市バイロイトである。バイロイトには、今でも毎年夏にワグナーの作品だけを上演する音楽祭が開かれる祝祭劇場がある。そこから10分ほど歩いたところに、ヴァーンフリートと呼ばれる館がある。「妄想の中の平和」という名のこの館で、ワグナーと妻コジマは晩年を過ごした。
私が初めてバイロイトを訪れたのは、観光客も少ない冬の盛りだった。小じんまりとした街の並木道には冷たい風が舞い、人類は絶滅してしまったかと思うほど、人影がまばらだった。博物館になっているヴァーンフリートの正面のレリーフを眺め、客間のグランドピアノの前に佇んだ。それから、裏庭に回った。そこにワグナーとコジマの墓があると聞いていたからである。
木立を歩くと、すぐにそれは見つかった。胸を弾ませながら、敬愛する芸術家の墓所に近づいた私を待っていたのは、意外な光景だった。
仮想の人、ワグナーの墓には、墓碑銘がなかった。名前さえも刻まれていなかったのである。
遺言で、そのようなことは一切禁じたらしい。ワグナーとコジマの遺体が埋められたその場所の土の上には、一枚の岩板が載せられているだけであった。ワグナーの遺言は、献花も禁じた。それでも、花を捧げる人がいる。私が訪れたその冬の日も、花が捧げられていた。しかし、墓の岩板は、まるで崇拝者の志の花束さえも拒絶しているかのようであった。
この拒絶の厳しさは、一体何なのだろう、私は、静かな木立に囲まれたその一枚板を見下ろしながら考えた。明らかに、ここには、何か尋常ではないものがある。あれほど強烈に仮想の世界のリアリティに殉じた人が、その墓に一切のシンボリズムを禁じたのは何故か? そこには、精密に企図された、解き明かされるべき不可解な秘儀があるように思われた。
数日後、私は東京の日常に戻った。猥雑な街の風景の中を歩きながら、ワグナーの墓の静謐な佇まいを思い出し、あれは何だったのだろうと考えた。あの頑な拒絶は何かに似ていると感じて、それが何なのかなかなか判らなかった。
イェルサレム旧市街の神殿の丘に立つ「岩のドーム」のことを思い出したのは、しばらく後のことである。
金色の屋根を載せたこの建物が、「岩のドーム」と呼ばれるのは、それが預言者モハメドが黄金の光のはしごで天に昇ったと伝えられる岩を覆っているからである。同じ岩の上で、神の命令に従いアブラハムが子イサクを生け贄に捧げようとしたと旧約聖書の創世記が伝えている。預言者モハメドの死後約50年後、この二重、三重の意味での聖地に「岩のドーム」は建設された。イスラム様式の初期の傑作である。その前に立てば、白、青、褐色、金色と変化する壁面に施された繊細な装飾に圧倒され、中に入ればドームの中に岩を囲む内側のサークルの円柱が優美さに心が動かされる。聖地のデザイン感覚が、魂を揺さぶる。
しかし、かって岩のドームを訪れた時、私の心の芯まで染みこんで来たのは、建物自体の美しさではなかった。絨毯の上で一心に祈る人々の姿でさえなかった。私の心を一撃したのは、そのドームに守られた、剥き出しの、自然のままの岩そのものの佇まいだった。イスラム教は偶像崇拝を禁止している。そのことは知識では知っていた。だから、すぐにああこれは、そういうことかとは思った。思ったことは思ったが、隣接するキリスト教区の中で、聖墳墓教会の十字架、キリスト像が溢れる光景を見てきたばかりの私にとって、その岩の自然のままの佇まいはあまりにも対照的であった。宗教という秘儀に対する態度としては、おそらくこちらの方が徹底し、純粋なのだろうと直感した。同時に、その激しさの由来を知りたいと思った。偶像を拒絶するその厳しさの核にあるものを理解したいと思った。
もちろん、このような理屈は全て後付けに過ぎない。その時の私は、ただ岩を見つめることしかできなかった。どのような人為的なデザインや設いからも遠い、一切の装飾を拒絶する岩の佇まいが、尋常ではない何かを私に伝えてきた。
そう思って振り返ると、ワグナーの墓の前に立って感じた気配は、まさに岩のドームの中で感じ何かだったように思われる。芸術家の終焉の地と、世界宗教の聖地。一見、直接の関係を持たないように見える二つの場所に共通したものは、すなわち、仮想というものに対する態度ではなかったかと思う。
私たちが世界について考える時、本質的な要素として立ち上がってくるものは、必ず世界のどこにもない仮想である。「真理」は、世界のどこかにある客観的存在では断じてない。例えば、フェルマーの最終定理を、数学者が三百年かけて証明するようなことがある。私たち人間は、このような現象を、フェルマーの最終定理という「真理」が最初からあって、それを人間が見いだすだけであるというメタファーでとらえる。三百年間様々な学者の柔らかな生がそこにとりつくが、その間、フェルマーの最終定理は動かし難い「真理」としてどこかにあったのだと考える。数学においては、そのような立場を貫く人たちをプラトン主義者と呼ぶ。数学者でなくても、プラトン主義者でなくても、「真理」というものがあるというのは、多くの人間の素朴な思いこみである。「真理」がどこかにあるとすれば、それは仮想の世界にあるとしか言いようがない。どこかの博物館の中に、これが真理でございと飾ってあるわけではないのである。
私たちの精神の中枢に仮想がある。そのように考えると、「見る」ということの本質も違って見えてくる。私たちの視覚は、もちろん、第一義的には現実の世界を見る為に進化してきた。肉食獣が現れたのに、それを見ようとしない動物がいたとしたら、あるいは空腹だというのに目の前の食べ物を認識しない動物がいたとしたら、そのような動物はとっくの昔に絶滅していただろう。私たちの脳が、第一義的には現実の多様性を認識する方向に進化してきたことは当然である。
外部世界を見る時、私たちは、色や形といった現実の属性に、様々な解釈を貼り付ける。例えば、図一を、若い女だと見たり、老婆だと見たりする。この図を構成している白から黒への様々な階調からなる色は、確かに外にある現実を反映している。一方で、それを若い女、あるいは老婆とする解釈の方は、一つの仮想である。仮想であることは、白や黒といった色の感覚に比べて、それを若い女や老婆と解釈する心の働きの方が、何とも抽象的でとらえどころがないことでも判る。実際、この図を若い女と見ても、老婆と見ても、図を構成する白や黒の色の感覚は、確固として揺るぎない存在であり続ける。それに対して、若い女、あるいは老婆という仮想は、何だか頼りない。この頼りなさこそ、「若い女」あるいは「老婆」という概念が目の前の現実に束縛されない自由な概念の空間の中に所属していることの証左である。
眼を閉じて、若い女や老婆を思い浮かべる時、すでに仮想は現実と独立したものになり始めている。もともと、現実世界の多様性を認識するために脳の中で生成された仮想が、現実世界の桎梏から解き放たれて自由に遊び始める。
認識は、現実世界から出発して、やがて仮想世界をその本拠とし始める。「真理」も「美」も「善きこと」も、全て、仮想の世界の要素である。仮想の世界の要素が、その本性を全うするには、現実世界とのマッチングはむしろ邪魔になる。現実に対応するものがあるかどうかに係わらず、仮想世界の固有の論理を追求することの方が本来的な問題になる。むしろ、仮想の世界の論理を全うするためには、現実世界の対応物、対応物と思いこまれてしまうものが邪魔にさえなり始める。
だからこそ、小林秀雄がそのベルグソン論『感想』の中で喝破しているように、視覚の存在が逆説的に仮想世界の真実を「見る」ことの邪魔になるということがあり得る。
画家のヴィジオンも同じ事で、肉眼を越えて見ようとする努力が払はれなければ、ヴィジオンの意味をなさない。彼は、単に眼があるから見るのではない。寧ろ、眼があるにも係はらず、見抜くのである。
「今、ここ」の因果性を重視して、経験主義科学は発達してきた。科学の知見に支えられて、現代におけるデジタル・インフォメーション・テクノロジーが発展して来た。様々な情報をデジタルのデータとして大量に手に入れられる現在、何かを見ることの困難はむしろ増大している。本来現実に対応物がないことが本質である仮想でさえ、わかりやすい音や絵にして見せることを人々が要求し始める。現代人は、ひょっとしたら仮想とはCGによって表現されたハリウッド映画のことだと想っているのではないか。CGによって表されたものは、仮想ではない。それは、「今、ここ」の現実である。映画の中で橇に乗り、にっこりと微笑むサンタクロースは、もはや仮想でははない。現代の私たちは、仮想とは、本来的に目に見えないものであるということを忘れてしまっているように思われる。
ワグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の最後には、有名な『愛の死』というソプラノの独唱がある。最愛の人トリスタンの亡骸を前にして、イゾルデが幻視の人になる。
彼が、ますます明るくなって、天高く昇り、星々が彼を包むのが見えないのですか。・・・私だけが、この美しい旋律を聴いているのですか。こんなにも素晴らしく、優しく、喜びに満ちた旋律を。・・・世界の万有を包む息づかいの中に、沈んでいき、意識を失う、至高の喜び。
最後はささやくように、イゾルデは恋人の後を追う。このような言葉で楽劇を終わらせる作曲家が、仮想の世界は、現実という桎梏から解き放たれてこそ、その本来を全うできるということを知らなかったはずがない。ワグナーの楽劇を、どのように演出するかは演出家の自由である。しかしどのような演出も、この、イゾルデの仮想そのものは描き得ない。また、描くべきでもない。どのような舞台装置の中でどのような衣装を着てイゾルデが歌おうとも、彼女のヴィジョンは、決して「今、ここ」の現実には束縛されない仮想の世界に属し、その中で羽ばたいていく。イゾルデの仮想をCGで再現して舞台に投影するなどは愚の骨頂である。ワグナーに限らず、オペラの仮想の最も大切な部分は、演出で表現できない。敢えて表現すべきではない。抑制こそが、優れたオペラの演出の要諦である。同じことは、全ての芸術作品について言える。映画でも、演劇でも、仮想の核心は敢えて視覚的具象としては提示しないことが、優れた演出のメルクマールなのである。
現代の人間も、『トリスタンとイゾルデ』のような作品に込められた仮想のヴィジョンの真実性を受け止めることは知っている。東京でも、ロンドンでも、ニューヨークでも、成功した『トリスタンとイゾルデ』の上演の最後には、暴動が起きるのではないか、新しい宗教がそこに誕生するのではないかというくらい、聴衆が熱狂する。
現実のどこにもない仮想は、現代人の心の中でも中枢の位置を占めている。
*精神の二重国籍
もちろん、私はここで徒に神秘主義を主張しているのではない。最大の驚異は、一見無限定に見える仮想の全てが、空間的には極めて限定された頭蓋骨の中の一千億の神経細胞の活動によって精密に生み出されているという点にある。私たちの精神は頭蓋骨の中の「今、ここ」の局所的因果性の世界と、「今、ここ」に限定されない仮想の世界に跨って存在する。
私たちの精神は、本来的に二重国籍者なのである。小林秀雄は、『私の人生観』の中で次のように書いている。
阿含経の中に、かういふ意味の話がある。ある人が、この世は無常であるか、有限であるか、無限であるか、生命とは何か、肉体とは何か、さういふ形而上学的問題をいろいろ持ち出して解答を迫ったところが、釈迦は、そういふ質問には自分は答へない。お前は毒矢に当っているのに、医者に毒矢の本質について解答を求める負傷者の様なものだ。どんな解答が与へられるにせよ、それはお前の苦しみと死とには何の関係もない事だ。自分は毒矢を抜くことを教へるだけである、さう答へた。これが、所謂如来の不記であります。
毒矢を抜くことよりも毒矢はどのように出来ているかの解明に専念してきたのが科学である。救済という仮想を求める志向性を、迷信だとして切り捨てて何になろう。世界の因果的理解がいくら進んだところで、自分がいつか死ぬということを認識した時に生まれる仮想の切実さは消えはしない。私たち人間の苦しみは、二重国籍者の苦しみである。
仮想の人、ワグナーの楽劇の一貫したテーマが魂の救済であったことは、決して偶然ではない。