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Qualia Magazinze 第39号 (2001.7.16.)所収 エッセイ

笑いについて 第2回  笑いが悲劇に転じる時

 

 「この世は考えるものにとっては喜劇であり、感じるものにとっては

悲劇である」

 (The world is a comedy to those that think, a tragedy to

those who feel)。

(Horace WalpoleのHorace Mannに宛てた書簡より)

 

 この有名な警句は、「笑い」と世界のリアリティの間の関係について

私たちに様々なことを考えさせる。

 

 The Fast Showという、イギリスの90年代を代表するコメディ番組

がある。1〜2分の

短いスケッチが、30分番組の中で次々と繰り出される。

その中で、Ted and Ralphという、最も人気が高く、批評的な

評価も高いスケッチがある。

 広大な敷地を持った大邸宅に一人住む若い貴族Ralph。「下の牧場の

排水溝」の整備など、農場関係の仕事を一手に引き受けるTed。Tedは、

Ralphの子供時代を暖かく見守った、いわば父親のような存在。

Ralphがいつもツィードのジャケットをきちんと着こなしているのに

対して、Tedはぼろぼろの服を着て、古ぼけた帽子をかぶっている。

 事ある毎に、RalphはTedに親しく話しかけようとするが、Tedは

ずっと下を向いたまま、ぼそぼそと独り言のように受け答えする

だけである。

 

 広大な牧場の中、フェンスにハンマーを振るっているTedの

後ろから、Ralphが近づいてくる。

 「Ted、フェンスを直しているんだね。」

 「羊が2、3匹逃げましたので・・・」

 「羊の他には、何か問題があるかね?」

 「いつものように、下の牧場の排水溝が・・・」

 「そうか・・・Ted、君は・・・フランスの映画には興味があるかね?」

 「判りません・・」

 「いや、町で・・・ちょっといいジェラルド・デゥパルデューの映画

をやっているので・・・その・・・」

 「それは・・・」

 「ああ、そうだ、ウィンズローに行かなくては。靴を買わなくては

いけないんだ・・・。じゃあ、またね、Ted。」

 Ralphは、牧場の中を館の方に戻り始める。Tedは一言二言もごもご

と言った後、ふたたびハンマーを振るい始める。

 

 Ralphは、Tedの興味を引こうと、毎回様々な話題を出すのだが、

Tedは下を向いて「判りません・・・」(I don't know about that, sir)

と言うだけである。

 

 Tedが芝刈り機を使っているところに、Ralphがやってきて

話しかける。

 「・・・・・・!」(芝刈り機の音で聞こえない)

 「スミマセン、何も聞こえませんでした。」

 「いい天気だね、と言ったんだよ、Ted。」

 「そうですね・・・」

 「Ted、あの空をごらん。まったく、この青空は、

イングランドの象徴そのものだと

思わないかい。青空の下のピクニック、突然の雨。」

 「そうですね・・・」

 「Ted、人生とは、一体なんだろう。私やこの世界は、どうして

存在しているのだろう。」

 「・・・私が思うには・・・私は生まれ、そして私の割り当て

が満杯になると、私は去る。その間にあるもの全ては・・・いわば、

ボーナスのようなものでしょう。」

 「ぼくでも、そんなにうまくは言えないよ、Ted。・・・ねえ、

私は、あの館に一人で住んでいる。どうだい、仕事が終わった後、

シェリーでも飲みに来ないかい。」

 「それは、ちょっとダメです。」

 「そうだよね、ミセス・テッドが待っているからね。とてもいい女

(ひと)だね、ミセス・テッドは。とてもいい女(ひと)だ・・・」

 Ralphは、とてもいい女(ひと)だと言いながら、去っていく。

 

 Ted and Ralphのスケッチでは、大きな事件や、とてつもなく

おかしいことが起こるわけではない。気を引こうと一生懸命

話しかけるRalphと、下を向いたまま気のない返事をするTedの微妙な

ずれが面白い。この、繊細なおかしさが人気や高い評価につながっている。

しかし、The Fast Showの放送(30分番組)ごとに1回放送された

スケッチを続けて見ていくと、Ted and Ralphの世界に潜む

悲劇的なモティーフの存在に気づかされてくる。

 Ralphの父親は厳格で、Ralphは愛情に飢えて育った。Ralphは、

ある回のスケッチで、Tedのことを間違えて「お父さん」と呼んでしまう。

Ralphは精神病院に入っていたことがある。RalphはTedにホモセクシュアル

な関心を抱いている・・・。Ralphは、何の不自由もない境遇に

いるように見えて、実は彼は恐ろしい孤独の中にいるということが

わかってくる。

 いったんそのようなことに気がつくと、

一連のスケッチのおかしさの本質である、RalphとTedの

間のずれが、階級や、文化、言葉、服装、立ち居振る舞い、年齢、

社会的立場といった壁を超えて、懸命に心を通わせようとする、一つの

魂のもう一つの魂に対する懸命な働きかけのように思えてくる。見る

者の心の中で、喜劇は、徐々に、悲劇に転じていく。しかし、それでも、

Ted and Ralphのスケッチは、その繊細なおもしろさを失わない。

 

 「この世は考えるものにとっては喜劇であり、感じるものにとっては

悲劇である」

 この有名な警句を生み出したイギリスの文化的伝統はTed and Ralph

のスケッチの中にまだ生きている。

 そこには、細やかな笑いとともに、切れば血が出るようなリアリ

ティの感覚がある。

(c)茂木健一郎 2001