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脳とクオリア 第2章 補足

マッハの原理と反応選択性との関係

 マッハの原理も、反応選択性も、ニューロンとニューロンの間のシナプス結合が重要であるという意味では同じである。しかし、反応選択性では扱えない問題もある。クオリアの問題はその一つである。

 クオリアに満ちた私たちの心が脳の中のニューロンの活動からどのようにして生まれてくるか? この根本的な問題を考える上では、反応選択性の概念は、役に立たない。一方で、脳の働きを機能主義的な立場から理解しようとする場合は、「反応選択性」の概念は、有効な概念となる。特に、電気生理学のデータを解析する場合には、あるニューロンの活動が、どのような刺激、あるいは局面において選択的に生じるかを問題にせざるを得ない。

 「反応選択性」と、「マッハの原理」は、対象としている問題領域が異なる。私が目の前にあるバラの花を見て、その結果、私の心の中に、バラの表象が生じ、私がバラを認識したとしよう。この時、私が外界にあるバラを見て、私の心の中にバラの表象を生じるまでのプロセスは、次のように二つに分けて考えることができる。

 

第一段階 

 

 網膜から「薔薇の花」の光学的刺激が入力し、その結果、「薔薇の花」に反応選択性を持つニューロン(群)の発火パターンが生じる段階。

 

第二段階

 

 「薔薇の花」に反応選択性を持つニューロン(群)の発火パターンが生じた結果、その随伴現象として、私の心の中に「薔薇の花」の表象が現れる段階

 上のように二つの段階に分けた場合、「反応選択性」の概念が扱うのは、第一の段階であり、「マッハの原理」が扱うのは、第二の段階である。第一の段階も、第二の段階も、ニューロンのシナプス結合パターンという、共通の要因によって支えられている。しかし、問題の対象もアプローチも、両者は全く異なる。

 心脳問題の本質は、脳のニューロン(群)の発火パターンと、私たちの心の中に生ずる表象との対応関係である。ある特定のニューロン(群)の発火パターンが生じた時、なぜ、ある特定の表象が心の中に生じるのか、そして、この対応関係を決定している法則性は、何なのか、この重要な問題の探究は、「マッハの原理」に基づいて行われなければならない。

 マッハの原理は、当たり前の考え方のように思われる。しかし、私たちの認識が、外界に対応する情報のコーディングの過程ではなく、ニューロンの活動という脳内現象からクオリアに満ちた表象が自発的に生まれてくる過程であることを主張する点において、マッハの原理は、私たちの認識に巡る様々な暗黙の前提を覆す、ラジカルな方法論なのである。マッハの原理の持つ革新性は、我々の心の中に表象されるものの全てがニューロンの活動によって引き起こされる脳内現象に過ぎないとうことの意味を噛み締めた時に、初めて心に響いてくる。