2002.1.1.  午前0時を回って、八幡神社までお参りに行く。  いつも、神社の同じ場所に柿を売っているおじさんがいて、 去年そのデジカメ写真をとった。  今年はビデオに、と思ったが、その場所にはだるま屋さんがいた。  なぜ、その風景に心を引きつけられたのか判らない。  綿菓子屋、タコ焼き屋、アメ屋。そのような屋台に対して、 別の時代に属しているかのように見える、そのはかなさに 引かれたのかもしれない。  籠の上につやつやと照り光る柿をピラミッドのように積み上げて 売る。  値段は2000円、3000円、5000円とかなり張る。  そのような商売が成り立つことに、奇跡的なものを感じた。 どこか、この世のものとは思えないところがあった。  誰かが買っているところを、見たことがなかった。  しかしおじさんは泰然として、椅子に腰掛けていた。  実際に手に取って、果肉に歯を立てた瞬間に、幻想はやぶれるのかも しれない。  触れないことによって維持される幻想。  おじさんが今年消えてしまったのは、可能世界は可能世界のまま とっておくようにという天の配剤かもしれない。    そもそも、いつから、その柿のおじさんを見ていたのか、よく 思い出せない。  小学校の時だったか、あるいは、もっと最近だったか。  クロノロジーは、もはや、イコンと化した少年期の他の体験とともに、 霧の中に隠れてしまった。 2002.1.2.  妹が、神社によって厄年の定義が違うという。  あそこでは何歳、あそこでは何歳で、ちょうど、数年間が連続的に カバーされるようになっているという話題。  まあ、むこうも商売だからという話をしていて、 そういえば、父が友人たちと男の大厄の払いに行っていたなと 思い出した。  あれは何時くらいのことだったかしらといろいろ聞いてみたら24年前 である。  私は中学生3年生だ。  私自身は厄年とかいうものにはあまり興味ないが、とにかくあと3年で その「定義」に達する。  ふうんと思った。  民衆の心理学(folk psychology)というものがあって、生活の 中で私たちが素朴に持っている私たち自身の心に関するモデルを指す。  それとは少し違った意味での、folk psychologyに最近関心がある。  すなわち、人生のある特定の時期にしか立ち上がらない表象、 内的感覚のリアリティに関心がある。  中学3年の私が、父が厄年のお払いに行ったという話を聞いて、 どうせお払いの後友人たちと飲んで騒ぐのが目的だろう、  大人はいろいろな理由を付けて飲むなあなどと思いつつ、 その全てを、とりあえず今は自分と関係のない年齢に属すること、 しかし、いつかは判らないが、自分にも必ず訪れる事柄であること、 そのような諸々のconnotationを含んだ独特の表象が心の中に 立ち上がっていたように思う。  あれは、少年から青年に移行しつつある男が、人生の半ばを迎えた 男を見上げる時にしか立ち上がらないニュアンス、風合いをもった 表象だったのではないか?  見上げていた年頃に自分が近づく。それでふうんと思う。これも また独特の風合いである。  そのような、人生の各ステージに固有の、その時にしか立ち上がらない ような心の色合いについて最近少し考えている。  しばらく前、運転しながらFMを聞いていたら、視聴者の投書で 「女の人は、若い時はちやほやされるけど、年をとるにつれて 見向きもされなくなる」というようなことを少しユーモラスに こぼしているものがあった。それに対して、やはり女性の司会者が、 「本当にそうですね。女性の人生って、結局、そのことを知っていく ということだと思うんですよね。」 と何だか妙にしんみりと言っていた。  あれは良かったなと、母の作った雑煮を食べながら思い出す。 2002.1.3.  文京区の西片に向かって17号線を車を走らせていると、 空がどんよりと暗くなって、小さなあられが降ってきた。  これは、まるで札幌の石山通りみたいな風景だなと思った。  あの尾崎豊のテープを買ったのは、確か札幌から旭川に向かっている 時で、『風に歌えば』はその時初めて聞いた。  えらく気に入って、その後、カラオケで何回も歌っているが、 今回「本家」を再び聞いて、微妙に違う、オレは間違っていたと気付く。 本家はあまりためないで、さらさらと先走って軽く歌う。  夜空ノムコウで言えば、スマップでなく、スガシカオの方である。  おれはスマップっぽくやっていた。  今度は4号線を北上しながら、Yes, MinisterやKnowing you knowing meといったイギリスコメディのテープを聞く。  どれも何回も聞いていて、覚えていても微妙な部分で新鮮さを感じる。  音は、志向性に直接入って来るから、しかも注意を独占しないから、 視覚よりもむしろいい性質を持っているなと最近つくづく思う。  視覚は、暴力的に入ってきて、脳のリソースを暴力的に独占し、 ぐいぐいと振り回すから、善し悪しである。  去年、竹富島で研究会をやった時に、そのことを強く感じた。  MDでずっと録音していたのだが、そのとき、聴覚は、視覚のように どこかに注意を強烈に向けなくても、ある種の風景としてぼんやりと 聞き、しかも視覚は自由に、どちらの方向にも向けられる、そのような 開放感を演出するということを感じた。  ビデオを撮影していたら、ああは自由にならない。  車を運転していると、音楽と歩いている人が合って見える時が ある。そんな時、私は、「ほら、音楽に合っているよ」と言う。  昨日は、ヴィラロボスの『ブラジル風バッハ』に歩き方が合っている 人が、いろんなところにいた。  あそこにも、ほらそこにもと、  世界中がブラジル風バッハになっていた。  あーあーあーあーあーああああー という美しいソブラノの楽章が私は特に好きだ。  初夢を見た。谷の一番下に動物園があって、動物たちが行列して 行進しているのが見えた。  私はバスに乗っていて、海沿いを走っていると、イルカが遊んで いたので、乗客がみんな夢中になってしまって、バスは止まった。  飛行機に間に合わない、困ったなあと思うと、またバスは走り出した。  バスが駅に近づくと、知り合いが道路の脇にいるのが見えた。  買ってまだ2−3ページしか読んでいないpaperbackだったが、 好きそうだなと思って、ほら、と手渡しした。  ありがとうという声を聞いたのが、  今年の最初の夢での会話である。 2002.1.4.  小澤征爾の再放送を見る。  ブライアン・ラージの作った音楽映像は、信頼感がある。  ウィーン楽友協会ホールには一度忍び込んだことがある。  安い券で、ホールの一番後ろの床のところに座ってウィーンフィルを 聴いた。  そこにいる人たちは、背を伸ばして舞台を覗くというよりは、皆 床の上に座って音だけを聴いていた。  ウィーン国立歌劇場でも、安い席からは舞台を見にくいことが あって、純粋な音だけの世界を味わうことができる。  実は、視覚は要らない。  正月で、実家に帰って、普段あまり見ない民放の番組を見て、 改めて視覚の暴力性について考えてしまった。  「大食い選手権」の次に「フードバトル」と、まるで週刊文春の ナンシー関のエッセーを追ったような視聴行動を取った。  「大食い選手権」が、食べることを即物的に見せるのに対して、 「フードバトル」では、食べることが記号化している。  うまく見せ物性を隠蔽してスポーツに見せかけている演出はうまいと 思うが、  一番驚いたのは、出場する本人たちが「その気」になっていること だった。  もともとテレビというメディアは、理由が何であれ、長く露出した 方が勝ちという側面がある。  「大食い」という番組が成立した瞬間、そこに長く露出する人間たちが スター気取りになったとしても不思議ではない。  本質的なのは、視覚というメディアの持つ暴力性で、 テレビというのは文字通りの意味で脳に対するドラッグなのではないかと 思う。  ニューイヤーコンサートでやる曲はクダラナイものが多い。  塩谷は、オペレッタの方が好きだというが、私は好きになれない。  田森とウィーンに行った時、リヒャルトシュトラウスの『ナクソス 島のアリアドネ』に大変感動したが、その次にいった「ウィーン 気質」はバカらしくて途中で出てきてしまった。  アリアドネの後だったということもあるかもしれない。絶えられなかった。  面白かったのは、普段クラッシックを聴かない田森も同じ判断 だったことだ。  類希なイデア力(数学の才能)がある田森のことだから、かぎ分けたの かもしれない。  リヒャルトシュトラウスは、おそらく、ウィーンの文化のある種の 精華を代表している。  しかし、リヒャルトシュトラウスの『ばらの騎士』の二幕の 銀の鈴の質感が、ニューイヤーコンサートの軽い曲目と同じポジションに なることにはならないのは何故か?  私は銀の鈴の方が好きだが、それが世間で70%のポジションを占める ことがないことは判っている。  菊姫の山廃を飲みながら、テレビのメディアをしばし考える。  70%にかける民放テレビから銀の鈴が排除されて行く過程と、 いわゆるグローバリズムの弊害は、深く関係している。  視覚に支配されることは危ない。  明け方に見た夢の中で、目の前で親しい知人が妙なことを 言い出して、やがて明らかに狂ってしまったので、びっくりして 目が覚めてしまった。  それからとくと考えて、あのおかしな台詞を生み出したのは 私の脳だったんだよなと思った。 2002.1.5.  眠る前に考え事をしていると、一晩中考えがぐるぐる回って 何だか眠りが浅くなるような気がする。  だから、普段は、寝る前には「天才バカボン」とか「モーレツア太郎」 とかのギャクマンガの名作を10ページくらい読んでクールダウンする。  昨日は、数学事典を読んでいた流れで量子力学のある部分が気になって、 そのまま考えながら眠ってしまった。  案の定、一晩中何だかいろんな思念がぐるぐる回ってしまって、 今朝起きた時に脳がぽかぽかしている気がする。  しかし、眠い感じはしないから、これでも脳は休養を取っているのかも しれない。  今年は、しばらく、眠る時に考えるということをしてみようと思う。  池上に電話したら、明日は新年会があるから水戸には行けない という。  塩谷は塩尻だし、田森は福島にいて、予定にしばられたくないから というので、水戸の郡司の実家を襲撃するのは私だけになりそうである。  その池上が、「茂木さん、数えで40になったらう」 という。  「うるさい、君は満で40になったらう」 と答えた。  40という数字には魔力がある。  今年の誕生日が来ると、私も満で40になる。  そうすると、どうみても80は生きられないように思うから、 折り返したんだなと思う。  残念だと思うべきなのか、まっ、いいかと思うべきなのか、良く判らない。  バランスというものがあって、  若い時は、思い切り背伸びして知的に振る舞ってちょうどバランスが とれたような気がする。  これからは、今までの蓄積を全く無視して、蛮勇のエネルギーで 突っ走ろうと心がけて、ちょうどバランスがとれるのかなと思う。  物わかりのいいジジイや知ったかぶりのジジイにはなりたくない。  そうだ、今年こそナブコフを読もう。 2002.1.5.  宇多田ヒカルのTravelingをかけながら、 常磐道を北上。  おお、remixが3つも入っている!  友部ジャンクションで北関東自動車道に乗り換え、 水戸南インターチャンジで降りた。  ジャスコの駐車場に止めて、しばらく本屋などを見た後に、 郡司に電話したら、「じゃあ今から迎えにいくわ」と。 5分くらい待っていたら、ひょこひょことナントカ仮面の装束で来た。  ペギオのお父さんが作ったという料理を沢山いただいて、 もう満足です、食べられません、それにしても田森は遅い、 これでは小次郎だと言っているうちに午後はふけていく。  じゃあ、ちょっと外までと、備前堀に行く。  「この、家の前の道はね、昔は堀だったんですよ。それで、各家に 橋があって、そこを渡っていた。」  「それはいい環境だったんだね。」  「いやあ、ドブ川で。○○○○っていうVシネマに出ている俳優知って ます?」  「いや、ちょっと判らない。」  「あいつは、すぐ向こうの写真屋の息子で、よく弟と一緒にドブ川で 泳いでいた。ビール瓶のかけらとか転がっているというのに。馬鹿だよね。」  「ハハハ。しかし、寒いね。冬ってこんなに寒かったっけ?」  5分くらいで家に戻り、うだうだしているうちに、 田森が愛犬ポヨ(ヨークシャーテリア)を抱いてやってきた。  「ポヨ巻き〜」 と言って、そでのところからポヨの顔だけを出して見せる。  おとなしいねと言ったら、単に身動きができないだけなんだと の返事。  それからマジックスネイクで三角形をつくったり、数字の2や5を 作ったり、またまたトンカツや刺身をごちそうになったり。  「いや、これじゃあ食べに来たみたいで悪いな。しかし、気にして いないですから。ご飯がおいしい」 と田森がにこにこと。  6時を回って、田森一家と一緒に出る。  それじゃあと手を振りながら去っていく。  常磐道は空いていて、順調に帰ってくる。  すぐに郡司家にお礼の電話をしたら、「幸夫は嫁の家に行っています」 と。  ペギオというのは、ペンギンという名前を付けようとしたのではなくて、 ペギ子という名前を付けようとして阻止されて、その男性形にしたの だと都市伝説が修正された日。 2002.1.7.  今朝の目覚めの妄想は、脳がリアルとフィクションをどう区別しているの かということと、「遊び」の問題。    富士街道沿いの熱帯魚屋「Penguin Village」に行く。 最初は、小型エビを買おうと思っていたのだが、何だかよく判らなく なって、とりあえず強力マグネットで水槽を内側と外側から 挟み込んでコケをキレイにする器具を購入。  外側のマグネットを動かして内側のマグネットに着いたヤスリのような ものでゴシゴシ削る。  なかなか強力で、  やっと、中の赤いグッピーが側面から見えるようになった。  富士街道の終わり方がよく判らなくて、いつもは途中で左折する のだが、今日は石神井公園駅の踏切を 超えてずっと行ってみたら、結局目白通りに斜めに突き刺さっている。 何だ、この道なら知っている。しかし、富士か移動がこのようにつなが っているとは知らなかった。    こういうことは、子供の頃から良くあった。霧の中にある白い地図が 突然明晰になって、あそことあそこがつながっていると判る。  その瞬間、世界が突然秩序化して、そして随分小さなものに見える。  いつも昆虫採集をしている雑木林が、実は河川敷の「かっぱの国」 とつながっていると発見した時もそうだった。  「かっぱの国」は、湿地帯にクヌギの低木が密生した場所で、ノコギリ クワガタが良くとれた。  そこが、雑木林とつながっていることを見いだした時、  発見の喜びとともに明晰化の失望があった。  p53というタンパクが、一方では発ガンを押さえ、もう一方では その過剰が老化を進めるというので話題になっている。  思い切りざくっと解釈してしまえば、我々が「若々しい」メタボリズムを 維持することは、ガン化の危険性と表裏だということかもしれない。  「全ての良い発見がそうであるように、 この発見は、それが答えるよりも多くの問題を提起する」というコメントを Herald Tribuneで読む。  雑木林がカッパの国につながっているという発見や、  富士街道が目白通りに斜めに突き刺さっているという発見は それで終わりだが、確かにオモシロイ発見はさらに先の探求を促す。  何かを見いだしたら、それで終わり、というものではなく、 さらにその先が広がる予感がするもの、そのようなものを求めて 彷徨わなければならないのだろう。 2002.1.8. 午後6時から始めた引っ越しが、  食事やワインや睡眠(3時間)や 風呂を挟んで、今までかかってしまった。  Powerbook G4の内蔵HDを20GBから48GBにするという単純な 作業だったはずなのだが、  「火縄(firewire)につないでformatしたHDは、なぜか内蔵HD としては認識されない」という気がつけば単純なcatch 22によって、 ああでもない、こうでもないとformatしなおしてはまたファイルを 移し、まただめだとネジをはずすという、繰り返し繰り返しの 物語で夜が白んでしまった。  fileをcopyしている間、川上弘美の「センセイの鞄」を読み継いで、 読了、steve jobsのkeynote speechを、iBookの方でstreamingで見る。 赤ワインを飲み、プリングルスの カレー味を食べ、OS X nativeのアプリが発表される度に、 「おお!」とパチパチ拍手して、それなりに楽しい作業だった。  しかし、途中でうとうとして、気がつくと半球の上に顔がでんと つきだした新しいdeviseがquicktimeの小さなフレームの中で回転 していた。  ネジ外しやネジ止めやフォーマットといった作業は、いったん 始めるとそれなりの魔力があって、なかなかやめられない。  今回は、かなり苦労したけど、一つ一つ可能性をつぶしていって、 最後に見事穴を通った。  何とか時間切れになるまえに終わってよかったと思う。  ソッコーで午後3時からの学生たちとのゼミに駆けつけなければならない。  しかし、私のPowerbook G4は、「センセイの鞄」の松本春綱先生 以上にヨレヨレである。しかも松本センセイのように端正ではない。 筐体はがたがただし、ネジは2本どこかにいっているし、CD/DVDは 読めない。  それでも、どっこい生きている。ネットがブロードバンドになって、 CD/DVDが読めなくてもそんなに困らなくなった。(実際、火縄の ドライバーはネットからダウンロードしたし)  こんなヨレヨレでも、内蔵HDが48GBになって、今まで 散らばっていたデジタルデータをぐいっと一身に集められるであろう。 それを思うと楽しくなる。  人間は単純なことで幸せになれるものである。  Bartokの20 piano pieces for childrenも終わってしまったので、 そろそろ移動することにしよう。 2002.1.9. 川上弘美は、この時代に、なぜあのような小説を書いたのかなと 今日になっても気になる。  「センセイの鞄」という銘柄は、確かに口に含むと馥郁たる 香りが広がり、後味が残る。そういう意味ではいい酒なのだろう。 しかし、「今日性」という視点から見れば、どうなのだろう。  ものすごく新しいものを読んだという気はしない。    プリンタでガーガー打ち出して、壁にポスターをペタペタ貼る。 そうやって、小俣、長島、柳川、須藤のCSLの席をアサインした。  ポスターといっても、ピンアップではなく、生物物理学会や 京大の研究会で彼らが発表した内容である。  その後「あさり」で新年会。  お年賀だといって、タダでお酒がでてきた。  名物のおにいちゃんも元気に。  駅に向かって歩いていると、農業用トラクターの上に人が乗っていて、 ガレージの人と話している。  「去年買ったんだ。最新式のやつで、高かった。」  トラクター自慢である。  一般道の上である。  最新式のトラクターに、仮想された昔の残像がかぶさる。    なんだか久しぶりにMac Powerが読みたくなって、 CSLのマガジンラックにあったのを借りて帰りの 地下鉄の中で読み始めた。  iPodを読んでいるうちに気が遠くなって、気がついたら 終着駅だった。  三四郎の「美禰子」。あれは男の見た女性像だ、 女から見ればばからしい、底が割れているのに、勝手に神秘的 だと思っている、そんな批評を何回か聞いたことがある。  しかし、「センセイの鞄」の松本先生についても同じことが いえるように思う。  どうも、男の側からすると、リアリティがない。  ああいう人がいてもいいかと思うが、生き物という感じがしない。 一つの観念だという気がする。  もともと、川上弘美という人は、『蛇を踏む』でもそうだけども 観念やメタファーの人なのかもしれない。  「センセイの鞄」では、正月のシーンと、二人で浅瀬にいくシーンに それが現れている。  私の好みから言えば、もっと正月と浅瀬に暴れさせたら、歴史に 残る作品になったかもしれないのにと思う。  美禰子も一つの観念だとすれば、  三四郎は生身の人間というよりも観念に恋をしていたのだろう。  我々は、たいてい、世界を観念として見ている。  アラン・スナイダーというオーストラリアの学者がいるが、 「サヴァン」を研究した彼がたどり着いた結論は、我々は世界を 観念として見ていて、その手前にあるリアリティ自体に接しないから サヴァン能力を持たないのだということである。  一方、ゲーテは「ファウスト」の中で、世界のリアリティ自体を 直視することはこの上なく恐ろしいことだと書いている。  まだ引っ越しは続いていて、デジタルデータが火縄を行き来している。 2002.1.10.  二つの輪を絡ませておいて、その間を棒でつなぐ。  輪や棒が粘土のような自由に変形できる素材で出来ているとして、 輪を壊したり、棒を切ったりしないで、連続的な変換で、輪を  外すことができるか?  一見できないように見えるけど、よく知られているようにできる。  変形する過程で、例えば棒が輪Aの内側から真っ直ぐもう一つの 輪Bに向かって突き刺さる。  そこから棒にそって輪Aの突き出しを輪Bの方に移動していくと、 やがて輪Bの内側に、輪A全体が立つ。  ここまで来ればもう少しで、輪A全体をくるりと回して外側に 持ってくれば、輪は外れている。  どうやら、このステップの幾つかが、私たちが普段使っている認識 モジュールではサポートされていないものなので、私たちはそれを 難しいと感じる。  そのような認知上のボトルネックが、世界の至るところに転がって いるような気がする。  アフガンの民間人の死者がアメリカのWTCでの死者を超えた そうだが、このGeorge > Osama という方程式を見えにくくしている のも、ある種の認知上のボトルネックである気がする。  「経済の停滞」と呼ばれていることも、案外そのような認知上の ボトルネックに起因しているのではないか。    そんなことを、森永のAngel Sweets 冬季限定 冬だけのとけごこち 生クリームを贅沢に使った生チョコレート コクのある なめらかな 口どけ 一粒の満足 18粒入りを食べながら考える。    日本が今の停滞を抜け出す鍵が、絡んだ輪を外す、一見見えにくい 変形にあるとすれば(実際そのような問題である可能性がある)、 感動したとかそういうことを言っている首相はある種の暴力 装置として使えるとして、本当のところは、経済社会という複雑怪奇な 智恵の輪を沈思黙考してエイヤと解く、そのような知性にしか 判らないのではないか。  竹中という人は、経済学のexpertiseを持っているはずだが、 果たして智恵の輪をはずせるのか?  Herald Tribuneを読んでいると、最近は日本やイスラムなどの 非西欧社会は、書かれ放題である。   日本の経済的停滞、そしてテロによって逆照射されたイスラム社会の 停滞を、「現代化」(modernization)の失敗ないしは欠如として とらえる論調。  結局、西欧モデルの優越が確認されたということなのだろう。  「現代化」(modernization)の本質は、恐らく、うまく認知の ボトルネックを乗り越える点にある。  ロジックは、そのような乗り越えの手段に過ぎない。  と考えつつ、セブンイレブンのハムカツサンド200円を食べる。  そういえば、セブンイレブンの生蕎麦はうまいと誰かが書いていたな。 今度試してみよう。 2002.1.11.  東工大すずかけ台キャンパスに、 三宅研の野村さんの博士論文の審査に行く。  因果的連結や論理的連結によってSUBJECTを定義しようという なかなか野心的な論文で、  非常に面白く聞く。  終わって、しばらく学生部屋で喋った後、さて、と新宿のソフマップへ。  Powerbook G4が非常に調子が悪く、ナントカしなくては というので、内臓HD(30GB)と、Mac OS X 10.1を買う。    ここのところ、そんなことばかりやっているように思えるが、 ネジを回したり、ハズしたり、火縄(Firewire)を駆使したり、 そういう作業が以外と自分は好きだなと思う。  とにかくヨレヨレのPowerbook G4をいいバッテリーを 入れたり、セロハンテープを張ったりしてごまかして使い、 iBook Dual USBをMac OS X専用マシーンとして使うことに。  ファイルをコピーしている間に吉行淳之介の開高健との対談を読む。  バルビュスの『地獄』がある時期の青年たちに多大な影響という 話だが、こういうのは今呼んでも恐らくそのような効果は ないのではないか。  一人一人の脳の中に時代精神というものが不思議に収まっていて、 ある時代にはアクチュアルなものが別の時代には。  もちろん、直線ではなく浮いたり沈んだりするのだろうと思う。  軸の部分の素材も普通とは違うのだな、と今抹茶ポッキーを食べながら 思う。  ベルギーかフランスだったか、ポッキーが「ミカド」という商品名で 売られているのを見たことがある。  してみると日本だけのスタイルなのだろう。  ポッキーで思い出すのは伊勢神宮の内宮の屋根である。  3月に同一性の研究会で行く予定だけども、  時々あの輝きを思い出す。    私の目の前のポッキーの包装も輝いている。  テーブルのビニルのカバーも輝いている。  powerbookの電源ボタンも輝いている。  そのような、身近にあるミクロな輝きが、伊勢神宮内宮のような 特別あしらえの輝きと対等であるという気分に時々なるが、 今日も精神の迷宮の経路をたどってそのような気分になったらしい。  どうも、自分自身の精神の経路がどこがどうなるのか、判らないように 人間は出来ているらしい。  自らの中から立ち上がるものに驚くことがしばしばあるのは、脳の中に 絶対的な意味での『他者』が存在するからであろう。  どうにも世界はやっかいである。 2002.1.12.  駅に向かう途中に、大きな柏の木があって、 その周りに広場が出来ている。  ここの石畳は滑りやすい。  雨の日など、思わず足をとられそうになる。  枯れ葉が、そこここに落ちている。  一つ一つの枯れ葉の模様は千、万の変化を見せるが、 歩く私の脳はその全体をとらえない。  石畳の所々に、月夜の大理石のように白い、1センチくらいの かけらが入っていることがある。  水たまりが、空を映し出し、その領域に入った枯れ葉がしっとりと 湿る。  空気が動き、風になり、枯れ葉が動く。  ああ、美のかけらは、そこここに落ちているなと思う。  美術館に入るような、特権的な美も、 あそこ、ここに落ちている美のかけらを集めて。  ほら、そことここをこうやって集めて。  目に見えないものを見ることに関心がある。  風景として見えるものの中には、 目に見えないものの沢山の種がある。  その種を拾いながら歩けば、  世界は目に見えるものだけではないことが判る。  いっそ、目を瞑って歩けば良い。  そう思って、夜道を、両目を閉じて歩く。  三十歩、四十歩。  そこに電柱の気配が、と思って目を開けると 電柱はない。  では、あの気配のリアリティは何だったのか?  気配というものが、物理的な実体によって裏付けられない 時にこそ、何かが立ち上がっている。  小津安二郎が『東京物語』を撮る行為はフィクションである。  では、『東京物語』として流通している映画の各シーンを まるで雪の結晶のように写真のギャラリーとして並べる行為は フィクションなのかノンフィクションなのか?   そんなことを書いた。集英社の鯉沼さんが、掲載された 「青春と読書」のノンフィクション特集号を送って下さった。  開高健ノンフィクション賞というのができるそうである。  ごつい黒縁眼鏡をかけた開高の顔は、今見てもとても良い。 彼は、フィクションとノンフィクションの関係についてどう 考えていたのかなとふと思う。 2002.1.13.  「だから、こういうビルは前からキライだったんだ。去年の前から、 飛行機が突っ込むんじゃないかと心配だった。」  「窓の外を見てご覧なさい。こんなに同じビル建てて、どうするんです かね。殆どの人が想像していないのが、土の中の何万という生き物が、 コンクリートで固めることで死滅しているということです。」  「アメリカでは、年間、3万人だったけな? 若者が銃で死ぬんです。 こういう社会を文明と言っていいんですかね。」  そうそう、私は、今、養老孟司さんと住友ビルの48階で対談を しているのだった。  朝日カルチャーセンターの講座。  時々、話を聞きながら、自分が対談しているというよりも、 それを外から眺めているような気分になる。  audienceがある一定数を超えると、そのような「他者の目」が 立ち上がるらしい。  対談はアメリカ文明論からサヴァンシンドローム、カプグラの妄想、 アメリカ文学論、暴力、人工と自然、教育における「手入れ」の概念、 その他に及び、無事終了。  養老さんは次に富士ホテルでインタビューがあるんだと急いで 帰って行き、角川の松永さんと一緒にとりあえずビールビールと 頼む。  「これで本(ワンテーマ文庫)の分量大丈夫ですかね?」  「あと茂木さんに、50枚くらい書いてもらえば。」  そのうち酔っぱらって、今セールス的にはナンバーワンだという (初刷り15万部!)MMの悪口を言ったり、最近は誰が面白いのか (斉藤美奈子は面白い!と一致)という話をしていて、そのまま ヴァガボンドに。  そういえば、オレは今日は体調が悪かったんだと、赤ワイン一杯で 切り上げて帰る。  メイルを開けて見ると、何とNHKブックス「心を生みだす脳の システム」の増刷が決まったということで、12月24日に売り出して、 こんなに早く増刷がかかるのは初めてなのでウレシク思う。  実は人名を間違えたりしているので、早急に訂正箇所を送ることに。  最近は、寝る前などにトポロジーの遊びをしていて、図形をぐるぐる 動かしている。  養老さんとの対談でも言ったが、何がノーマルな脳なのか、そんな概念は どうでもいいということで、脱抑制で暴走させようと思っている。   もっとも、それで、養老さんの言う「言語の強制了解性」から外れて どこかの病院に隔離されてしまうとマズイかもしれない。  それはそれで一つの人生であるが。 (多くの友人が言うように、私の精神は極めて安定なので、恐らく そうなることはないだろう) 2002.1.14.  「さじ塾」の松岡正剛x的川泰宣さんの対談に出かける。 http://www.eel.co.jp/03_near/01_seigowchannel/now_events/1221saji.html マッド発明家、光藤雄一君も一緒に。  ロケットの話はやはり面白く、最後に「小惑星のサンプルを取ってくる」 ミッションがあると的川さんが言われたので、一体どうやるんだと パーティーの時に聞いてみたら、  「直径700メートルくらいの小惑星に軟着陸的に近づいて、 そこからピストルのようなものを打ち込んで、舞い上がったほこりを 回収して持ってくる」 のだと言う。  それは凄いと言うと、一般の人にはなかなかこれがいかに凄いことか 判ってもらえないのです、専門家ならば、失敗したとしても 仕方がないと言うようなミッションなのですがと。  松岡さんが、どうも宇宙論がつまらないと言う。  私も、メタファーとしての宇宙をどうとらえたらいいか、ここの所 もてあましていると。  どうも、ビッグバンとかインフレーションとか、ああいうBig storyが 完備してから宇宙論がつまらなくなったのではないかと松岡さん。  私は、やはり現実と仮象の関係、例えば超ひも理論や超膜理論に おける仮想されるものと現実のこの宇宙空間の広がりの暴力性の 関係が一番面白い、  ロケットを打ち上げると飛んでいくというような空間のメタファーを そのままナイーヴに受け入れた上で成立する宇宙論はどうもと。  松岡さんは、今『山水画』について本を書いていて、もう700枚 くらい書いたとのこと。  山水画における「世界」ないしは「宇宙」の描き方には2種類あって、 一つはヨーロッパとは別の遠近法で、 遠景、近景、そして自分の足元を、実際には同時に見えないような組み合わせ であえて描くやり方。  もう一つが、自分の足元の小石に託して描くやり方。  宇宙を考える時には、その両方が必要なのでしょうねと松岡さん。  とても心地良く有意義な時間で、主催の薄羽美江さんに深く感謝。  明けて今日は、連休最後の日だが、やることが山積。  一つ一つの小石に宇宙を託して作業を重ねる。 2002.1.14.  そうだ、大切なことを忘れていた。  ビールを飲みながら、私は松岡さんに、 私はもう美しいもの、いいものだけを語ることにした。  醜いもの、ダメなもの、バカなものを批判していると、 自分がそれと同じになってしまうから、  美しいもの、いいものだけを語り、創ろうと努力し、積み上げて 行くことにしたと誓ったのだった。  おそらく松岡さんの「フラジャイル」、「日本流」、「日本数寄」 そして今度の「山水画」の本の話に触発されて最近考えていたことが 出てきたのだと思う。  今年はこの誓いをなるべく守るつもりである。 2002.1.15.  もう少し松岡正剛さんと喋ったことを書いてみたいと思う。  私が、  川上弘美の「センセイの鞄」を読んだと言ったら、 「良く読んだねえ」 と言う。  「今更何であのようなものを書くのだろうと思いました。」 と答える。  この人は、科学でも何でも、最高のものばかり気にしている人だから、 こういう反応は当然予想される。  彼が科学にせよ数学にせよ、私の専門に近いところで語ることは、 この人本当に専門家じゃないのかというくらい高峰を鳥瞰している。 (いきなり超関数論の佐藤幹夫について長々と語りだす人には あまりお目にかかったことがない。)  普段、高峰を見ているから、現代日本が大平原に見える。  「もう、今の日本は、あまりにも何もなさ過ぎるんで、腹を立てるの も止めてあきれている」と松岡さん。  確かに、川上弘美は恐らく現代文学界の中ではマシな方であって、 そのマシなものでさえ、「センセイの鞄」であるというのはある意味では 驚くべきことのように思われる。  美しいものしか語らないのだから控えめにしておくけども、林真理子と か、村上龍とか、宮部みゆきとか、こういうのは本当に「0」である。  NHKの生きもの地球紀行を見る。赤ガニやオオカバマダラが出てくる。 鶴がヒマラヤの7000メートルのピークを渡る。素晴らしい。 しかし、そこになぜスマップと小泉今日子が出なければならないのか?  何故、例えば動物行動学の大学院生をオーディションして登用せずに、 こういう人たちを「自然番組」に使うのか?  チャラタレ問題はもう何回も書いて疲れたので繰り返さないが、 大平原日本の光景である。  その「0」ということを考えていてそうか、そう思えばいいのかと 思ったことがある。  要するに、現代日本の文化状況は、「真空」だと思えば良い。 ディラックが仮説したように、真空というのは実は電子と陽電子、 様々な物質を生み出す母胎であるならば、今の日本が「真空」であることは 自分や仲間が何かを生み出す環境が整っているということだ、 そう思えばいいじゃないか。  「真空」だと思えば、そこにうじゃうじゃと様々な仮象が立ち現れても、 気にならない。  そうだ、オレは真空だと思って、勝手にいろいろ作っちゃおう。 その上で何かを考えよう、そう思った。  というわけで、私は真空日本を生きていく。  最近はclassicのCDばかり聞いている。  BachやMozartやBartokやらの音が、真空の中に響いていく。 2002.1.16.  ふと思いついて、家のドアから10メートルくらいのところから、 目を瞑って歩いて見た。  階段が4弾あり、そこを登り切ってすぐ玄関がある。  玄関の鍵の位置をまさぐって、鍵を刺す。  ドアがぎいっと開いた瞬間に、ふわっと風の動きがいつもより 鮮烈に感じられて、  そして、ハミガキの臭いがぷーんと漂ってきた。  靴を脱ぎ、手探りに壁を伝うと、何かにコツンとぶつかった。  揺れ具合、戻り具合から、傘のようだと判った。 いつも見ているはずだが、ここに傘があるという認識はなかった。  どうも視覚に対する不信が最近強い。  脳を支配しすぎるように思うのだ。 見えるものだけを見ていると、自由が失われる。  なるべく見えないものを見たい。  真空の中に何かの形を見たい。  真空というメタファーがますます好きになってきたなあと 思いながら、中村屋のカレーを食べる。  カレーにはコーヒーが合う、と思いつつ、 そうか、だからカレーにコーヒーを入れるとうまくなるのだと納得する。  阪大に行っている田谷文彦くんが久しぶりにCSLに来て、 池袋の松風で酒を飲んだ。  院生の時に助手の白木原さんに連れてきてもらって以来だから、 もう十年以上来ていることになる。  一合徳利で二人でいろいろな酒を飲む。   真空が好きになったということは、現代日本が好きになったということか?  確かに、ミュンヘンやザルツブルクなど、自分が好きなものが満ちている 都市に行くと、かえってクリエーションのための空き地がないよう思うような気もする。  日本だって、文楽の『夏祭り浪速の鏡』の長屋裏の場や、義経千本桜の 四の切りや、伊勢神宮の内宮や、小津の東京物語や、山海塾の舞踏や、 こよなく愛するモノはあるんだけど、 「マス・メディア」に流れる70%支持の情報を見ている 限り、この国は真空だと思っていればいいから、 (何でSMAPのチャラタレが復帰した番組が視聴率30%強になるん じゃい、この国の民はアホか? マジで!) 気が楽なのかもしれない。  毎週買う雑誌と言えばアエラと文春だったが、最近はマイナーな 雑誌を買うようにしている。  『田舎暮らし』に続いて、昨日は『楽しい熱帯魚』というのを買った。  グリーン・レインキーは、葉裏が紫がかった赤に染まり、まとめ植え するのに最適なのだそうな。  70%の真空を打破する鍵は、30%の「すみくだ」にあるように思う。 私はすみくだが好きだ。 2002.1.17.  ハエトリソウの葉肉の上にある小さな毛を、かさかさかさと 触って見た。  パタン! と葉が閉じた。  もう半年以上机の上に乗っているけれども、  毛を触ったのは初めてだ。  おお! と思う。  となりのモウセンゴケも元気だ。  冬になって、寒くなって、室内に入れてから元気が増したように 思う。  ねばねばしている。  その隣のグッピーたちとコリドラスも元気だ。  水草たちも、太陽をさんさんと受けて元気に育っている。    そういうものたちを眺めていると、幸せを感じる。  バイオテクノロジーの発達は分子のレベルではめざましいが、 例えばこんなことはできないのか?  部屋の中に、小さな鉢植えがある。  そこに、金属光沢のキレイな蝶(ゼフィルス類)が繁殖していて、 毎年初夏になると木のまわりをキラキラと飛んでいる。  (インドネシア語でもキラキラはkirak kirakだと聞いたが)  蝶たちは、部屋の中で迷子になることなく、  鉢植えの近くの花にとまり、蜜を吸い、とにかくその周囲 2メートルくらいで過ごす。  やがて卵を産み、次の年にまだキラキラと飛び交う。  そんなことはできないのか?  人々が、自然の中で感じる喜びというのは、つまるところ、 自分をサポートしてくれる「生態系」が安泰であり、繁栄している ことに対する喜びであるように思う。  都会では、アスファルトと石と鋼鉄がそのような安泰と繁栄を 塗り込めてしまっているから、  机の上に小さな生態系を作って代償を求める。  何だか非常にボルネオあたりに行きたくなってしまって、ネットで ちょいちょいと調べてはため息をついている。 2001.1.18.  ふと机の上のベッコアメからの手紙を見てみたら、 「会費払うのを忘れているので、もし払わないと、1月17日に 停止する」 と書いてある。  しまったと思ったが、時すでに遅く、「クオマニ」サイトは キレイに消えていた。  オンラインのクレジットカード決済とかならばほいほいやるのだが、 銀行振り込みとかこういうのは面倒で仕方がない。  メイルをもらえば気が付くのだが、かたつむりメイルだけだと 気が付かない可能性が高い。  呆然としていて、しかしどうせそろそろ全面リニューアルをしよう と思っていた頃だから、まあいいかと思い直した。  今日払い込んで、復活してくれればいいし、復活しなかったら、 別のところに移すか、思い切って0から作り直す。  検索エンジンに引っかかったものがなくなるのは困るが、 まあ仕方がない。  そうでなくても、最近インターネット上のやりとりに疲れていた。  管理する掲示板に、どう見ても変な人たちが次から次へと 現れる。  現実の世界で、そういう変な振る舞いをする人たちがいたら、 「おれ散歩してくるわ」とさささと席を立ったり、 「ちょとあっち行こうか」と2、3人で逃亡して 間を持たせたりできるのだが、掲示板には逃げ場がない。  変な文章が、わーっと迫ってくる。  どうして、ネット上だと、あのような人格が拡大されて出てくる のだろうと考えながら酒も飲まずに寝ようとしたら、 珍しくなかなか寝付けなかった。  私はあまり人間嫌いの方ではないが、それでも年に何回かは イヤになる。立ち直りは早い方だが、それでもイヤになることはある。  どういう時にイヤになるかというと、どうも、ある種の押しつけがしさが 剥き出しに私に向かってきた時のように思う。  巨大なナメクジのような軟体動物が、ぬらぬらと私の方に迫ってくる。 こちらがいくら理性的に対処しようとしても、向こうはそんなことに お構いなくぬらぬらぬらと私に迫ってくる。  そんな体験をすると、一時的だが、人間がイヤになる。  というのも、そのぬらぬらとした巨大ナメクジの素になったものは、 実は私たちの一人一人の中にいるのであって、  たまたまその人の場合は、それがある種の毒気を持って直裁的に 出てきているだけだ、そのようなことを感じてしまうからである。  美しく洗練された出方をすれば人間的魅力になるものが、 剥き出しの毒気をもった巨大ナメクジに変質する。  夏目漱石が悩みぬいたエゴの問題は結局この「巨大ナメクジの素」の ことだなと思う。  ヒトに当てられた時は、自分の中で結晶化のモティーフを立ち上げて バランスを取る。  BentleyのSnow Crystalsのような本を見る。    巨大ナメクジに雪の結晶をまぶして、何とかキレイなものに しようと努める。  あるいは、良質の笑いが助けになる。 2001.1.19.  朝一番に銀行に行って、 ベッコアメにQualia Manifestoのホスティング代を払い込んだ。  そして、「払いましたんでよろしく」というメイルを送る。  お昼過ぎに「現時点で確認できないんで、払い込み証をファックスして くれないか」とのメイル。  そうすれば、午後6時以降に復旧するとのこと。  ファックスして、おおそうだと7時くらいに見ると、まだ URLはアクセスできなかったが、fetchでファイルが見えた。  おお! ファイルが消えていない。全部ある。  もしアップロードをやり直しだとするとかなり面倒だなと 思っていたので、助かった。  GoLiveを用意して、全面リニューアルの準備はできていたの だけども。  しかし、いずれにせよ、リニューアルする必要がある。 少しづつやって行こうと思う。  とりあえずカウンターを設置する。  一昨日はクオマニは消えるし、掲示板は荒れるし、その他にも いろいろあって、最低の気分だったが、昨日はいろいろなことが 好転していった。  クオマニの復活もそうだが、英文エッセーを仕上げたこともそうだ。  去年Lyonで教育に関するworkshopがあって、その時のを本に するから、原稿を送れとLuc Steelsにせっつかれていたのだが、 どうしてもやる気が起きずに、昨日まで放っておいた。  Lucからせっぱ詰まったメイルが来たので、気分に鞭打って、 えいやっと書いた。2000 wordsくらいのを一気に書いた。  一般向けのエッセーで、京都の哲学の道のエピソードから 入って、創造性について書いた。  こういう一般向けのエッセーを英語で書くのは初めてだ。  おお、書けるじゃないかと思った。  今朝竹内薫の日記を覗いたら、似たようなことが書いてある。 シンクロニシティというのは、我々の認知バイアスのことだな と思いつつ、私の中で「ブリリアント・グリーン妄想」がふくらんで 行く。 http://6706.teacup.com/yukawa/bbs  私はティーンズのころから、JーPOPを殆ど聞かなかったが、 イギリスから帰国した97年の末から、車を運転しながら集中的に トップ10を聞いたことがある。  その時、 The Brilliant Greenの「そのスピードで」というのが いいなあと思って、いろいろ調べてみると、彼(女)らは、まず英語で 歌詞を書いて、その後適当に必要に応じて日本語に直すとある。  これだ! 私も、これからは本を書く時には、まず英語で書いて、 それを適当に日本語に直す、あるいは直してもらうという 「ビジネス・モデル」にしよう、 このモデルを、「ブリグリ・モデル」と名付けて、それを私の ポリシーにしよう。  これなら一粒で二度おいしい。。。  そう思ったのだが、それから4年経っても 実現できずにいる。  仕事をしながら、久しぶりにストラヴィンスキーの「春の祭典」 を聞いたら、身体の細胞一つ一つに染みこんでいく気がする。  これはもう古典だなあ、これは名作だなあ。すごいなあ、それに しても、これを最初に聞いた人たちはびっくりしたろうなあ、 やれやれ、やっと仕事も終わったと、ぷしゅっとビールを空けて、 マイブームのボルネオのネットサーフィンをしていたら、 どんどん幸せになっていった午後11時過ぎであった。 2002.1.20.  文京区西片のルリスダンラバレ(谷間の百合)に行く。  2年前の養老シンポジウムの際に、ここでランチを食べ、 養老さんが先頭になってわっせわっせと本郷まで帰ってきて 以来である。  西片あたりは学生時代散々歩いたところで、今でも あまり雰囲気は変わっていないが、白山通りや、こんにゃくえんま のあたりは随分変わってしまった。  その変わっていない方の、西片二丁目にある 古い屋敷を改装したこのレストランは、これからのNEO TOKYOは こうなって欲しいなという風景である。  驚いたことに、テーブルで誕生日の話題を出していたら、最後に ハッピーバースデーツーユーのオルゴールとともに デザートが出てきた。  花柄の陶器に入った、素敵なしつらいである。  予約の時には何も要っていなかったのだが、恐らく 聞こえたのだろう。  このようなことをされると、深く記憶に刻まれる。  土曜日、ふとおもいついてニューファミコンを買った。 しかしカセットがどこにも売っていない。  思案しながら車を運転していたら、17号線沿いに いかにもマニアックな店あり。  入って驚いたのだが、プレミアム感の高いカセットが積み上がった アジトのようなところだった。  「スーパーマリオブラザーズ」と「東海道五十三次」を買う。 後者の方が高くて、2800円する。  「東海道五十三次」は、サンソフトの作品(1986年)だが、 当時から名作だと思っていた。  実に久しぶりにプレイしてみて、これは実に良い作品だなあと 改めて思う。  普通のアクションゲームと異なるのは、敵キャラが出る場所や タイミングが、こちらの動きによって無限の変化を見せるところで、 そのせいで、思わぬところで思わぬ死を迎えたりする。  だから、甘く見てダラダラ流すということがない。  日曜の朝、まったりとしばらく昔のソフトをやるというのも いいものである。  置いて来たので家ではできない。それでちょうどいい。  帰途、久しぶりにNACK 5のカウントダウンを聴いてみようと 思ってかけた。  途中、何だかジャズっぽいやつが6位くらいに入っていて おっと思ったが、  それ以外はいずこも変わらずのJ-POP景色。  ミスチルが一位  しかし、私はどうも前からミスチルの歌詞は感心しない。  あまりにも穴だらけ、甘すぎ、文学的ひねりゼロという 気がする。  なんでこういうのが人気があるのだろう?  私は、絶対ミスチルの歌をカラオケで歌おうとは思わない。    まあしかし、最近は、こういう現象に直面すると、しょうがない、 これが現代日本の等身大の肖像なのだと思うようにしている。  確かに、ミスチルの甘さは、例えば多国籍の若者がパーティー をやった時などに(かって私もきっとそうだったけど)日本の若者が見せる ある種の甘さに通じている。  他人のこと言っていても仕方がない、生成生成と、 とりあえず大根を切り、花がつおをふりかけ、茗荷を入れ、 カレーに豚肉とキャベツとタマネギを浸し、謎の晩餐の準備をする。  今日は「本パラ」に小学校時代からの友人、鎌倉在住 イラストレーターの井上智陽が出るので、  ビデオの準備もする。  ビールはどうするか。。 2002.1.21. 外務省の外交政策に対するご意見ページ http://www2.mofa.go.jp:8080/mofaj/mail/qa.html がある。  今朝の朝日新聞を読んでヒサビサに頭に来たので、次のようなメイルを 送った。  どうせゴミ箱に捨てられるだろうから、思い切りイヤミを書いた。  今朝の朝日新聞報道のNGO問題が事実だとすれば、 大変ゆゆしき事態だと思います。  はっきり言って、外務省の木っ端役人が、トラブルを恐れて、 北京政府のような官僚的、抑圧的処置をとったという印象を 受けます。  外務省のヒトタチは、どちらを見て仕事をしているのですか? 北海道出身の猿のような顔をした代議士が、そんなにコワイのですか? なぜ、大局的見地から、フェアな決定ができないのですか?  「センセイが怒っているからそちらさんには参加してもらえない」 というようなことを言うだけだったら、誰でもできます。  そういうのをまさに木っ端役人と言うのです。  機密費の問題にしても、私の友人がモントリオールで実態を 見聞きしています。総領事の息子が友人でした。  国民から巻き上げた税金でブルネイの王族ぶっていて恥ずかしくないの ですか?  はっきり言って、外務省の役人は全員解雇して、もう一度民間から 人材を雇い直した方がいいのではないかと思います。  それでは。  最近はずっとクラッシックのCDをかけている。  たった今はバッハのゴールドベルク(弦楽版)である。  こういう文章を書いていても、バッハが背景にあれば、気分が荒れない。 むしろ一瞬の趣になる。  井上智陽が出るというので、ひさびさに民放のバラエティを じっくりと見たが、「本パラ」は思ったほど悪い番組ではなかった。 良心的な番組であると言っても良いだろう。  井上が、スケッチブックをもって、ひょこひょこ鎌倉の街を行く。 レストランで、おもむろにスケッチを始める。  何だか彼がイギリスに来た時に沢山見た光景のような気がする。  本パラは別として、  書きたかったのは音の問題で、意味を捨象しても、民放のバラエティ というのは音がキタナイ。  チャラタレがガーガー言ったり、ヘラヘラ笑ったり、意味を捨象 しても、音がキタナイ。  ゴールドベルクは、意味を捨象しても、音がキレイ。  だからゴールドベルクをかけていた方がいい。  「意味を捨象しても」というところが今朝のポイントである。  さてさて仕事、仕事。ガイム省のコッパ役人の相手をしている 場合じゃない。 2002.1.22.  ソニー本社のヒトタチと会議をして、 その後、大崎で軽く飲みながらさらにカイギをした。  稲本正著「森の惑星」を手にして、2駅目には意識がなくなり、 気が付いたらターミナルだった。  会議の時にもらったエヴィアンのミニボトルを飲みながら ふらふらと家に向かう。  途中、温室があり、その横にポプラだろうか、 真っ直ぐな木が列を作って植えられている場所がある。  いつもはその幾何学性に注意が向かなかったのだが、 その時は何故か向く。  夜の空の黒のこちら側に、それよりも濃い黒い線が規則正しく 並んでいる。  ああ、これは、何年も前に、人間が意図してここに植えたものだな、 そう思って、ぼのぼののある場面を思い出した。 small LARGE  ぼのぼのが、スナドリネコさんに、石はどうしてある場所にあるのか と聞く。スナドリネコさんは、「石はな、みんなに 言われたからそこにいるんだ」と言って、ぽんと放り投げる。 「ほら、おれがこう言うと、あそこに行ったろう」  ぼのぼのは考えて、自分の周りにある石が、 これもこれもこれもこれも「みんなに言われたからそこにある石」 なんだと思う。  世界の万物は、みんなに言われたからそこにあるのだなと思う。    あのポプラたちも、みんなに言われたからあそこにある。  私も、みんなに言われたから、今こうして夜道を歩いている。 エヴィアンも、みんなに言われたから、私の手の中にある。  過去のある時点のある人間の行為が、何年も後に ポプラ並木の黒いシルエットとして残る、  このような長期に渡る現象を、エヴィアンのようには掌の上で 扱えていないように思う。  全てが、あまりにも足が速すぎる。  自分の行為が、何年後、何十年後に並木になる、石になる、流れに なる、そんな当たり前のことを想像することの困難が私の 今呼吸している時間と空間を特徴付けている。    いつの間にか、セブンイレブンの煌々とした明かりが見えてきた。  この、夜目にも白い煌々のクオリアを人類が見たのはせいぜい 100年くらいのことだろう。  水面に映る月光を想う。 2002.1.23.  SONY CSLでJournal Club。 今日の担当は長島くんと須藤さん。  長島くんはfMRIでの人間のmirror systemの研究を、 須藤さんはinfantにおけるnumber countingの研究の論文紹介。  終了後、西川くんが初めて来たしというので、 五反田駅の下のEarly Timesで「軽く」飲む。  M1の3人は、そろそろ就職するか、進学するかを 決めなくてはいけない。  東工大の知能システムは、もともと修士で就職する人が圧倒的に多い らしいのだが、彼らの悩みを聞いていると、 どうも、「何とか生活していかなくてはならない」という強迫観念が 強いようである。  博士課程に行くことは、イバラの道に行くことだと思っているらしい。  私はどうも世間ずれしているのかもしれないが、そうなのかあ と反論する。    ヨーロッパとかアメリカの感覚で言うと、Ph.Dというのは一つの ユニットとして意味があるように思うけど、修士というのは中途半端 で意味がないんじゃないかなあ  そういうと、学生たちは、    でも、日本では、博士に行くと、企業の方の間口が狭くなる というので、私が、  それは、日本の場合の博士課程に行った人たちのキャラクターが 問題なんじゃないか。何だか、こう、凝り固まった、暗いヒトが多いと いう印象があるじゃないか。博士をとって専門性を持っていても、 性格が明るくて前向きで柔軟性があったら、企業の方もとってくれる だろう と言うと、そうだとそれからば爆笑に。    確かに、博士課程には、「そういうヒト」が行くみたいになってしまって いますね。  そもそも、一回でも外国の学会にでも、大学にでもいくと、わーっと 視野が広がって、そうか、アカデミズムの世界は、国境などなくて どこの国のヒトとも同じ言葉で議論できるんだ、そう思った瞬間に、 日本の大学のくらーい研究室の雰囲気なんてどうでも良くなって、 Ph.Dを取ろうと思う人が多いみたいだけどね。 というと、  中村研の**さんも、***に内定していたのにNeuroscience meetingに 出て、博士進学に変えたと言っていますからね。 という。  私は東工大は連携客員という特殊な立場だし、博士にそんなに進学 されるとこっちの負担が大きくなりそうなので、面倒だという気持ちと、 上に書いたような意味で、修士は中途半端だ、せっかくだったら 博士にいっちゃって、ソッコーで論文2本書いちゃったらという気持ちと、 半ばになっている。    それにしても、あの頃って、確かに自分の未来が不安なものだよな、 今の私も不安だけど、不安さの質が違うよなあと思いつつ Early Timesを一足先に後にする。 2002.1.24.  午後5時50分、ソニーコンピュータサイエンス研究所の3Fに、 人々が続々集合して来た。  普段はソファの置かれているmeeting roomに、 白いクロスをかけられたテーブル。  ケーキ。寿司、シャンパン、オードブル。  プロジェクタでアイボと「大きな森のおばあちゃん」という 童話の表紙が映し出され、  そこに、Happy Birththday Dr. Doi! 還暦おめでとうございます という文字が。  やがて、6時になると本人がやって来た。  meetingのために来てくださいということになっている。 surprise partyである。  「還暦オメデトウございます!」 というかけ声の後、happy birthday to youの合唱となる。 「しばらくぶりにびっくりした」なあ 土井さんが乾杯の後に言う。大成功である。  1月4日の朝、朝日新聞を開いた私は、思わず声を上げた。  「あれ、土井さんが天外伺朗として出ている!」 「ひと」欄に、ソニーでアイボを開発した土井利忠さんが、 天外伺朗として童話「大きな森のおばあちゃん」を書いたとある。  カミングアウトしたんだなあ、と思った。  いろいろなことを思い出す。  土井さんから、一緒にブルーバックスを作らないかという声がかかって、 講談社の担当の人がやってきた。  そして、何回か対談をして、そのテープを起こした。  結果としてできあがったのが、  「意識は科学で解き明かせるか?」(講談社) だった。  あの天外さんというのは実はアイボの土井さんです ということを、publicには言えなかった。  所眞理雄さんがジャズの何曲かを歌って、原宿から「かけつけた」 北野宏明さんが土井さんとのなれそめなどを喋って、そろそろ私は 出なくちゃとぼんやりしていると、なぜかスピーチをやれと言う。  なんで私がやるんだと思いつつ、御指名なので立って喋る。    きっと、私がソニーCSLで唯一「天外伺朗」さんと共著があるからの 御指名だと思います。北野さんは天外ワールドはアブナイ(笑)と言って いましたが、私は土井さんはリアリティを深いレベルで見ている 方だと思う。短い時間でしたが、土井さんの近くにいて、天才エンジニア というものは、突飛に見えることを言いつつ、作るモノはしっかりしている、 そんな組み合わせ持っているのだと判った。シャープの早川さんは 「脳に埋め込むコンピュータを作れ」と言いつつ電卓を作ったそうです。 ヴィジョナリーとしての土井さんに、2回目、3回目の還暦をぜひ 迎えていただきたい。ここにいる北野さんがいい薬を作っているそうで すから(爆笑)。還暦、本当にオメデトウゴザイマス。  突然にしては良く口が動いたなと思いつつ、パーティーを後にする。 7時にNHK出版の大場さんと渋谷で待ち合わせなのだ。  早く出なくては行けなかったから、かえって指名してもらって キリが付いて良かったかなと思う。  大場さんには、「かねこ」で海鮮しゃぶしゃぶをごちそうになる。 「心が生みだす脳のシステム」の増刷祝いという名目。  何だかすまない。  さらにスマナイことに、羽尻も来る。  羽尻の横で、彼の弁を聞きながら、水槽の中の スッポンの顔をマジマジと見る。  お前が食われる前のこの顔はメディアの中で流通しないけど、オレが 覚えておく。  あまりに疲れたし、明日も早いので、タクシーに乗り、プレゼン 資料を作りながら帰る。  お客さん商売は何ですかと聞かれて、アプリケーションを作っている と適当に答えたら、相手が同じことをサイドビジネスとしてやっていて、 話を合わせるのに困った。  困りつつ、合わせつつ、手はしゃかしゃかとパワーポイントを作っている。 2002.1.25.  午前10時から、ソニー本社で会議。  出井さんや安藤さんを始めとする人たちの前で喋る。 早口になったが、後で青木さんに  「出井さんは『君は仕事も遅いけど喋るのも遅いね』というのが 口ぐせだからあれくらいでちょうど良いのです」と。  夜、ソファに寝転がり、最近契約した新潮社のsswebに入って、 「方丈記」の朗読を聞く。 http://www.ssweb.ne.jp  行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに 浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世 中にある人とすみかと、またかくの如し。   から始まり、  又あはれなること侍き。・・・又(父イ)母が命つきて臥せるをもし らずして、いとけなき子の、その乳房に吸ひつきつゝ、ふせるなども ありけり。仁和寺に、慈尊院の大藏卿隆曉法印といふ人、・・・その死 首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁をむすばしむるわざをなむせ られける。  鴨長明は、このような体験をした後に、人里離れた方丈を結ぶ ことになるのである。  どうも、視覚不信がますますエスカレートしてきたなと思う。  先日大場さんと飲んだ時も、その話になって、 どうも現代文明の病理(浅はかさ)のかなりの部分は、視覚への addictionと関係するのではないかと。  チャラタレが跋扈するのも、キムタクを見ると視覚的に 魅せられてしまうからである。  目に見えないものこそを見る、測る、聞くという態度が醸成されない。  視覚を切り捨てて、仮想の空間に耳を澄ませた時に立ち現れる ものたちを知らない。  そんな話をしていたら、大場さんが、写真家の港千尋さんが、 関係したことを言っていますと。  盲目の写真家の話を書いていますと。  そのメタファーに魅せられる。  最近、私は、ヘレン・ケラーに興味がある。  いわゆる偉人伝の中で流布した話ではなく、 彼女が、目に見えないもの、聞こえないものを どう探っていたのか、その内面生活に興味がある・・・・。  方丈記についてgoogleで調べていたら、Virginia大学の Japanese text initiativeのsiteが引っかかってきて、 それをきっかけに、amazon.co.jpで、英訳の源氏物語と 平家物語を注文した。ついでにNabokovのLolitaと ThoreauのLife in the Woodsも注文した。  それにしても、amazon.co.jpの洋書の一部は本当に安い。 こんなことで、利益がでるのか? 2002.1.26.  あんなに広い手つかずの森林が日本にあったかな そう思ったのと、そうか、今富士山の北側を通過しているんだ と思ったのがほぼ同時だった。  景色がどんどん変わっていく。中央アルプスが見え、 木曽谷がいつのまにか濃尾平野になり、うとうととして目が 覚めると、広島湾から宮島が見え始める。  JASのMD機で、東京から北九州に飛んだ。ほぼ一直線に飛んだ。 高度7000メートル。ジャンボよりは低い場所を飛ぶ。  普段は、あの地べたの上をはい回っているんだ。それが今。。。  心脳問題や、時間の不可逆性の問題、量子力学の観測問題、 言葉の意味論の問題なども、このような感じで鳥瞰できたら。  鳥瞰することで視点が変わることの力と、その暴力性を思う。  私は広島の上を飛んでいる。  ソニックで大分に出て、各駅停車で湯布院に向かう。  腰の曲がったお祖母さんに引かれて、両目に眼帯、「中」という ボタンの男の子が乗ってきた。  「○○へ。2002年1月10日」と鉛筆で書かれた紙に、 点字が打ってあって、その上に指を這わす。  点字は、聴覚に似ている。指が「聴く」のは一度に一つで、 視覚のように先走りや後引きがない。  ところどころ凸がやぶけている。  あれは、かすれている感じなのか。  次第に濃くなっていく山合いの景色を見ながら、  先天盲の人がこの視覚的クオリアの世界を人から聴かされても 想像するしかないのと同じように、  我々人間には脳のアーキテクチャーとして体験できないクオリアの世界が あり、それを異なる脳のアーキテクチャーを持つ生物から聴かされて、 想像するしかない、そんな状況を想像したらと。  引き算を足し算にする想像力。  城島ホテルは、湯布院の駅からタクシーを15分くらい飛ばしたところに あった。  あれ、受付がいないぞと思っていると、入来さんがふらふらと 浴衣姿で来て、「まだ浅田さん来ていないみたいよ。」と言う。  そうなのかと思って念のため会場に行くと、もうみんな座っていた。    「ヒューマノイド・サイエンスというのは・・・」 と浅田さんが喋り出す前に、ふと横を見るとTerrence Deaconが いたので、ハイ!と言って握手。  そのDeacon夫妻は夕食後早めに消え、  浅田さん、岡ノ谷さん、内田さん、村田さん、石黒さん、開さんと 夜の別府に。  『仁志』という、ギターを持ったおじさんの絵が描いてある謎の 店で、浅田さんと岡ノ谷さんのギターを聴きながら、内田さんと 進化心理学について激論。  帰りのタクシーの中は、イオウの臭いがした。 2002.1.26.  メロスは激怒した。  大分の湯布院にいる。  夜のセッションが終わって(鈴木健太郎さんの『マイクロスリップ』) 部屋に帰ってきて、  一瞬OAB大分朝日放送を付けたら、 なんだか非常に気持ち悪いドラマをやっている。  土曜ワイド劇場「救命士・牧田さおり 緊急出動! 豪雨の中の 多重大激突事故、16歳未婚の母が渡した母子手帳の秘密  寺田敏雄脚本  岡本弘監督  浅野温子、宇崎竜童、根岸季衣、三船美佳、石丸謙二郎。  30秒くらい見たくらいで、あったまに来るくらい、 キモチワルイ男がキモチワルイ理由でヒトを殺している。  浅野温子がわけもわからず縛られている。  とにかくキモチワルイ。 そんなドラマをわざわざ何故つくるのか?  こういう時私は行動が素早い。  民放のクズドラマなど、滅多に見ないが、行動は素早い。 10秒後には、私は104を回して、「大分朝日放送お願いします」 と言っていた。  「大分市の大分朝日放送ですね。」  「そうです。」  「お待たせいたしました。大分市のOAB大分朝日放送をご案内 いたします。」  お問い合わせの番号は、097-538-6111です。  さらに3秒後に、私はダイヤルしていた。  とるるるるとるるるるる。  「ハイ、OAB大分朝日放送ですが。」  「あの、申し訳ありませんが、番組について意見を言うセクションに 回してください。」  「すみませんね、今日はもう終わっているんです。」  「ああ、そうですか。」  「月曜日から金曜日の、午前10時から午後5時までかけてください。 そうすれば誰かいますから。」  それで、東京のテレビ朝日にまではかける気力が失せて、また306 の浅田部屋にいってマイクロスリップの議論に加わった。  しかしである、こうやってクオリア日記に書いておけば、 そのうち私はこの過去ログをテクストファイルでwebに載せる。  googleで引けば、ひっかかってくる。  だから書いておくが、こういう品性下劣なドラマの脚本を書く 寺田敏雄、今すぐ放送業界を引退しろ。  岡本弘、こんなクズドラマを監督していて恥ずかしくないのか?  お前らのやっていることは、新潟の監禁事件の犯人と精神性において 変わらない。  それと、こんなクズドラマを消しもせず2時間見ている視聴者の全てよ、 恥を知れ。  お前らみんな、このクズドラマに製作、消費、流通のプロセスにおいて 関与することによって、この世界をそれだけ醜くしている。  お前らと同じ人類だとは思いたくない。  わかったか、ボケどもめ。  はあはあはあ。(椎名誠風)  さて、またびいるでも飲みましょうか。 2002.1.27.  The Symbolic Speciesを書いたTerrence Deaconは、時間を守らない。 話はオモシロイのだが、とにかく時間を守らない。  午前中3セッションやるはずが、3時間延々と喋って、1セッションしか できなかった。  そのおかげで長谷川真理子さんは喋れなくなった。喋れないまま、 そのまま鹿児島に向かって去っていった。  Deaconは、そんなことも気にしない。  「アルファ・メイル(α male)」としての私を延々と聞くのは 大変でしょう。  そんな冗談まで言う。  何となく察しが付いていたが、後で内田さんに「アルファ・メイル」 というのは何ですか?」と聞くと、「群れの中で一番指導的な立場にある オスのことです」と言う。  「でも、昨日の話だと、猿の群では、案外ダメなオスが人気があるそう で。」  「そうです。」  「じゃあ、私は、アルファ・メイルではなくて、シグマ・メイルで いいや。」  ついでにランチもいいやと、部屋に帰って少し仕事をした。  そうそう、ランチに行く前に、浅田稔さんが「12時35分にロビー に集合!」と叫んでいたのだった。  雨の中、湯布院の街にでかけようというのである。  ホテルが山中の隔離された場所にあるので、どうしても出かけたくなる。 何かあると出かけたくなる。  そこで、一日目の夜の別府に続いて、ヒューマノイド・サイエンス 会議の面々が、ジャンボタクシーに乗って、湯布院にでかける。  霧煙る道を走っている車内の景色は、まるでどこかの工事現場に 向かうバンのようである。  私も岡ノ谷さんも、日雇いの労働者のようである。  雨がざーざー降っている。  寒い。  川沿いの道を、傘を差して、7人の男たちがとぼとぼ歩く。  浅田さんが先頭に立って、温泉を求めてとぼとぼ歩く。 靴が壊れているらしく、つま先から水が染みこんでくる。  ズボンがぐしょぬれになる。  指の先が冷たい。  行き止まりを戻ってきたり、とにかく無為に、冷たく、寂しく 歩く。  ああ、このみじめさが素晴らしいな、快適さなど何であろう、 この冷たいみじめさこそが心と体へのごちそうだ。    もう少しみじめに歩いていても良かったなと思った頃 たどり着いた民家風の温泉宿は、「支配人」が芸能人と とった写真を大きな額に張ってだーっと並べているエゴ・トリップの アジトであった。  うーむ。  しかし、露天風呂は良かったのである。  浅田さんとか、入来さんとか、多賀さんとかは、お風呂の 中で、誰が科研費通ったとか、誰がどの班に入っているとか、 そういうサイエンス・ポリシーの話をしている。  おじさんたちったら、やあねと思いながら、時折突風にあおられて 斜めに吹き込んでくる雨の軌跡を見ている。  夜はお約束のカラオケ。  岡ノ谷、入来、浅田、村田、吉川、荻野、國吉といったメンツが ホテル付属の広いフロアのパブに乱入して、占拠状態に。  宇多田ヒカルのTravelingの途中で声が出なくなって むせていたら、浅田さんがウィスキーの水割りを持ってきて くれた。  ヤサシイヒトである。  ヤサシサに包まれて湯布院の夜は更けていく。 2002.1.28.  城島ホテルからタクシーで別府に出た。  観光案内所で「この辺で魚がうまい所はどこですか?」 と聞くと、法被を着たおじさんが、  「この辺ではとよ常だね。ほら、あのアイフルの看板の下が そうですよ。」 と言う。  それではと、ドアを開けると待っている人たちがいる。  「私たち地元だから、あんたたち先に行きなよ。アソコもすぐ 空くし。」  そうですか、スミマセンと座敷に座る。  さしみ定食1000円を頼む。三宅さんがびいるを飲みましょう というので、そうですねと生びいる。  三宅さんが二杯目もいいですねと言う。  私がそうですねと言う。  不定性(indefiniteness)の最たるものは死でしょう と三宅さん。  そうですね、と私。  今、こうして生きているということが奇跡でしょうと三宅さん。  そうですね、と私。 この前、郡司ペギオ幸夫とラーメンを食べようと札幌駅に向かって歩いて いる時、こんな話をしました。  飛行機が高層ビルにぶつかった。  それで、郡司も私も、「ああ、世界はもともとこういうところだったの だ」ということを確認したように感じた。  養老孟司さんはこの前言っていました。 毎日世界では何万人、何十万人という人が死んでいる。  死んでいるということ自体はニュースにならない。    三宅さんと別府駅で別れた。  こんど、時間の研究会をしましょう。 そのままソニックに乗るつもりだったが、ふと何かが通り過ぎて、 荷物をロッカーに預けて、タクシーの運転手さんに 「地獄へ行ってください」 と言った。  通り過ぎたのは、「千人風呂」の記憶である。  別府には、6歳くらいの時来たことがある。 そのとき、母親と、親戚の人たちが、「ここの風呂は千人入れる」と 話していた場所がある。  地獄巡りをし終わったら、そこに行ってみたい。  それはきっと杉の井ホテルでしょうと運転手さん。  血の池地獄、竜巻地獄、海地獄、坊主地獄と見る。 そこここから湯煙が立ち上っている鉄輪の街。  「別府から車で15分くらいだったら、温泉付きの家が 1500万とか2000万で買えますよ。」  杉の井ホテルに着いて、玄関を見たとき、「ああ確かにここだった」 と思った。  6歳の時には入らなかった「千人風呂」に入る。  「夢の風呂」の中の夢殿という、下にお湯を通してある寝床に横たわって 考えた。  確かに、このお風呂は素敵だ。大きな体育館くらいのスペースに、 いろんなお風呂が配置してある。しかし、これは、私が6歳の時に 私の心の中を通り過ぎていった「千人風呂」とは違う。  考えて見ると、何かを予期して、その時立ち上がった志向性は、 必ず現実によって裏切られ、そこを通り過ぎて仮想の彼岸に向かうのでは ないか。  私にとっての「千人風呂」は、未だに、その仮想の彼岸にあるのでは ないか。    去年の暮れ、羽田空港で女の子が「ねえ、サンタさんていると思う?」 と言っているのを聞いて以来、私は現実と仮想の関係ばかり考えている のだ。  風呂上がりにジョワのブルーベリーを飲み、別府の駅に向かう。  まだ見ぬ「千人風呂」の気配は、かえって強まって。 あの6歳の時に、くりかえしくりかえし帰る。 2002.1.29  寒風の中を歩き歩き、 すっかり腹を冷やした後で、 ちょっと濃いめのトンコツらーめんを完食した。  そうしたら、すっかり調子が悪くなってしまった。  JASで羽田空港に向かいながら、時々ちらちらと 窓の外を見る。  どうも四国あたりから紀伊半島を通過しているらしい。  飲み物はいりません、毛布を下さい、  おらはもうダメだあ。 と思いながら、東京湾に落ちる夕陽を見る。  ふらふらと帰宅。  熱は37度半ばなのだが、どうにも調子が悪い。  うーんと眠っていたら、目の前にアルマジロが現れて こちらに走ってきたので、びっくりして 「アルマジロだ!」と叫んだ。    3歳の時だったか、熱を出して、枕の上に汽車ぽっぽが 走るのが鮮明に見えて、「あ、汽車が走っている、汽車が 走っている」と叫んだ時がある。  微熱なのに、アルマジロが見えるのはどうしてかなと 思ってまた寝ていると、今度は、胴体の中に巨大なアジアアロワナが いるような気がする。  胃が重く、銅のような味がする感じをメタファーで表現すると アロワナになるのだろう。  そのように冷静だから、まあ大丈夫である。  今朝になって、やっと何か胃に入れてみたい気がして、 おにぎり一個とヨーグルトを一個食べた。  その割には体重が減っていなかったので悔しい。  まだ身体が弱っている。  アルマジロやアロワナと対話しながら眠ることにする。 2002.1.30.  人間の顔というものは不思議なもので、 それまでの人生における内面生活が出てしまうところがある。  人々が鈴木宗男というヒトをうさん臭く感じるのも、 結局のところ、彼の顔のせいだと思う。  一番感じるのは、self-doubtの欠如ということである。 『マトリックス』はお決まりのハリウッドの屑映画だったが、 ただ一つ、キアヌ・リーブスのself-doubtの表情は 好意的に印象に残った。  ムネオさんには、その、self-doubtが感じられない。  知性や人徳ではなく、self-doubtの欠如というガソリンに駆動 されて政界を渡って来たのではないかと思ってしまう。  もっとも、これはムネオさん一人の問題ではなくて、 われわれの政治的システムが持っているパラドックスである。 「出たいヒトよりも出したいヒトを」 と良くいわれるが、立候補しなくても好きな人の名前を 勝手に書くという制度にしない限り、自己懐疑の欠如した モンスターの出現は阻止できない。  政治家というのは、全て究極的には首相の座を狙っている という意味ではホープフル・モンスターであるわけだが、  進化論におけるそれと違って、革新よりはよどみをつくり出す ように思う。  夏目漱石は、弟子の内田百けんが大切にしていた自筆の書を、 目の前でやぶったという逸話があるが、  やはりこれくらいの自己懐疑がないと、文学者としては (あるいは一般にクリエーターとしては)信用できない。 自己懐疑を欠いた人たちは、しかし、一種の暴力装置としては 機能しうるように思う。  ムネオのような政治家が暴力装置だとしたら、  彼等を利用している目利きは誰か?  北海道出身の猿をうまく利用しているのは誰か?  今回のNGOの問題も、もともと外務省職員がムネオにちくったとある。  そうなると、事は、民事介入暴力におけるその筋のヒトタチの使われ 方に似てくる。  どうも、体調を壊した後は頭が悪くて、 政治の問題を考えているくらいがちょうどいい。  Herald Tribuneに、今度中国で発行された新元札が評判が悪いとある。 特に百元札がpaper moneyに良く似ていて、混乱を巻き起こしていると ある。  paper moneyというのは、死者を思い出すために焼くfakeのお金 らしい。  ある男は、新しいモーターバイクを買うために1000元引き降ろしたが、 留守の間に母親がpaper moneyと勘違いして焼いてしまったとある。  大上段に構えた政治の話よりも、このようなdetailの話の方が 面白い。    英訳のHeike Monogatari届く。 なんだか妙に琵琶法師の朗読が聞きたくなる。  覚一の流れを引く一派はまだかろうじてあるそうだ。 2002.1.31.  以前脳と心の問題について話をしたことのある 北海道会議(北海道の企業誘致事務所主催の親睦会) の新年会に参加。  栗山町出身の板垣さんという茶人がいる。  ふだんはDVDを作っているらしいけども、 能や狂言についていろいろ企画をたてている。  その板垣さんが、今年のミス日本の審査員だったということで、 最終選考に残った27人の写真を持ってきた。  「さて、だれがミス日本になったか、当ててみてください。」 と回覧する。  日本酒を飲みながら皆の反応を観察していると、  えーっ、うそだろう、これ。 という声が連発するくらい、案外バラエティに富んだ顔が並んでいる。  板垣さんはファイナルに残った10人の白黒写真も持っていたが、 私は27人の総天然色の顔写真とプロフィールを眺めてうーんと考え込む。  そのうちに、なんだかふっとこれだという感じがして、 「この人でせう」 というと、板垣さんがそのだるまさんのような顔をさらに丸くして 「なんで判ったんだあ」 と叫んだ。  茂木さんの好みが審査員の好みと一致したという人がいたけども、 そうではない。  冷静に客観的に、  なんだか、プロフィールとか顔を見ているうちに、今はこのタイプが 来ているのではないか、そのような気がしたのである。  たまたま当たったけども、外れる確率の方が高かったように思う。  理化学研究所に通っていたころ、武蔵野線の中で、いい感じの おじいさんを見かけたことがある。l  オレがCMのキャスティングしているんだったら、ぜひこの おじいさんを使ってみたい、いや、今すぐスカウトしてみたい そう思うくらいいい感じのおじいさんだった。  ああいうヒトは、その後もまた出会えるかなと思うと、 二度と出会えない。  希有なものは後で希有だと判る。  学生時代、バイトしていた予備校の近くの流行らない寿司屋に 昼飯時にいった。  客は誰もいなかった。  黒い太い縁の眼鏡をかけた、ピクミンに出てくるチャッピーの ような顔をしたおばさんが、奥の3畳でジグソーパズルをしていて、 私ががらがらと戸を開ける音を聞いて顔を上げ、にっと笑った。  あのようなことも実は希有なのだと、今にして判る。 2002.2.1.  ある人生の時の意味が、後から判るというのは、もちろん、内省の 熟成ということもあるのだろうけども、  「今、ここを生きる」という必要から開放されるということも 大きいように思う。  「今、ここ」をまさに生きている時には、適切な行動をとる ということに脳の資源は振り向けられなければならない。  だから、いろいろなことを絞り込む。  絞り込むことによって、こぼれ落ちていくものたちの中に、 小さな宝石がある。  他人の行動を見ている時の方がその意味が分かりやすいのも、 主観客観の問題に加えて、「行為する」という必要から 開放されているということが大きいように思う。  何回も何回もある地点に戻る、その時を眺めてみて、 その度に違うものを自分の心の中に立ち上げる。  そのようなことに意味があるのではないか。  そんなことを考えつつ思い出したのが、昨年池上高志と見た 「コペンハーゲン」である。量子力学の創世期、原爆開発を 巡るボーアとハイゼンベルクの葛藤を描いた この劇は、評判ほど面白くなかった。  ただ一つ、手法として、 ある決定的な一日にくり返し帰る、その時の意味をくり返し問う、 その手法は印象に残るものだったなと思う。  「あの日」にくり返し帰っていく、 その時の意味をくり返し問いなおす。 Read Only Memory化した「昨日」に何回も向き合う。  このメタファーはいいなと思う今日この頃である。    それにしても、axis of evilだそうである。North Korea, Iran, Iraqはaxis of evilだそうである。  ハリウッド映画は、そのおばかな世界観で人々の脳を溶かす だけでなく、ヒトを殺す。  George 某というlow intelligenceの大統領の身体にその世界観が 宿って、ヒトを殺す。  この前の朝日カルチャーの対談で、養老さんが思ったよりも 強い口調でアメリカを非難して私は少しびっくりしたのだけども、 確かにGeorge某の下でのアメリカはかなり危険なlow intelligenceの 国になっているのかもしれない。  こんなことを書くとChicago大にいるふくしまから アメリカは多様だという文句が来そうだけども、 それを言うならGeorge某にaxis of evilと決めつけられた North Koreaにも、Iranにも、Iraqにも、小さな女の子がいる、 歩くのがやっとなおばあさんもいる。希望に満ちた青年がいる。 そのようなものを全て隠ぺいして単純な構図を描くのが、ハリウッドの low intelligence moviesの世界観である。  Iranには、ハリウッドのば監督が一山いくらになってもかなわない キアロスタミという天才もいる。  George某には、はやく大統領を引退してもらって、自分の行為 をくり返しくり返し振り返って、少しintelligentになってほしい。  それが世界のためだけでなく、本人のためである。 2002.2.2.    George某の悪口を書いたら、やっぱりChicago大のふくしまから 批評が来た。  森が小泉になったからって、日本が変わったわけではないだろう。  同じように、George某になったからと言って、アメリカが急に低能に なったわけではないと。  それはそうだが、George某は、単なるテキサスの石油成り金では なく、今や合衆国大統領である。  彼がこれをしろと言えば、何十万人という軍隊が動く。  爆撃しろと言えば、無辜の民の上に鉄の雨が注ぐ。  アメリカの豊穣さ、奥の深さは分かっているが、 やはりGeorge某は許せない。  一方、日本で生まれた、朝鮮半島の国籍のヒトからは、 良く書いてくれたというメイルが来た。  北朝鮮は確かにあまりヨクナイ国だが、 北朝鮮にだって赤い靴をはいた女の子はいる、笑顔の素敵な おばあさんもいる。  「悪の枢軸」と決めつけられるいわれはないと。  まったくその通りであって、言葉の使い方の粗雑さに、 George某の頭の粗雑さが表れている。  粗雑なのはハリウッド映画だけでいい。見なけりゃいいだけの 話だから。  大国の指導者が粗雑な頭をしていると、天から鉄の固まりが 降ってくる。  藤原紀香が親善大使で韓国に行った。  「噂の真相」などの「裏メディア」によれば、 彼女は半島の国籍だということである。  それが事実かどうか私は知らないが、 もしそうだとしたら、なぜ、そのことを「表メディア」は報じないのか。  トップ女優になって、祖国に親善大使として行く。 すばらしい話ではないか。  同じく「裏メディア」によれば、井川遥というヒトも癒し系であると 同時に半島系であるということである。  だったら、それを報じればいいだろう。  紅白は一時期、半数が半島出身の歌手で占められていたそうである。  画期的なことではないか。なぜそれを報じないのか?  何を隠ぺいしているのか?  どうせ、天皇家だって半島から来たのだ。  今上天皇自身が、「親戚は半島から来ました」 と認めているではないか。  その意味では、ふくしまの言うように、アメリカの方がopenで liberalである。  かって、日米学生会議で一ヶ月アメリカを回った時、 アメリカ人の学生がI am a typical Americanというのをやってくれた。  「私の祖先はアイルランドから来ました。私は5代目です。私は 典型的なアメリカ人です。」  「私の祖先は、奴隷貿易でアフリカから来ました。私は典型的な アメリカ人です。」  「私の母はイタリアから、私の父はドイツから移民して来ました。 ニューヨークで恋に落ちて、サンフランシスコで私を産みました。 私は典型的なアメリカ人です・・・。」  In the same spirit, 紀香も遥も典型的な日本人なのだ。  9月11日は、ある意味ではオープンで自由なアメリカという制度の 中に入り込んだウィルスであった。  誰でも飛行機の操縦訓練ができる。飛行機に乗る時に秘密警察が ひとりひとりのIDを調べるわけではない。外国人が立ち入り禁止の 区域があるわけではない。そのような開放的なアメリカのシステムを利用し、 逆手にとったのが9月11日だった。  そこに、あの出来事の深い意味での悲劇性がある。  同じような意味で、George某のような馬鹿が大統領になってしまうのも、 アメリカの開放、自由のもたらす深い悲劇性なのではないかと思うのである。 2002.2.3.  昨日の朝、半身浴の風呂に入りながら、深沢七郎の「楢山節考」を 読んだ。  恥ずかしながら初めて読んだ。  良く書けているとは思ったが、それほどの感銘を受けなかった。 なぜだろうと無意識のうちに考えていて、今朝起きた時に ああそうかなと思った。  要するに、あまり考え詰めた人の書いた作品という気がしなかった のである。  なぜ漱石がいいのかと言えば、彼はロンドンで一度発狂寸前になるまで 考え詰めたからだと思う。  西洋列強の進出という時代の中での日本が感じている圧迫について、 日本の運命について、自分の運命について、自我について、英語の圧倒的な 影響力の下での日本語の運命について。  漱石が考え詰めた問題は、現在でも本質的にリアルだし、未解決である。  発狂寸前まで考え詰めたことが、彼のかけがえのない財産になっていて、 「坊ちゃん」のような一見軽妙な作品を書いていても、切れば血が 出るような「覚悟」が感じられるのはそのためである。  一方、日本文学には、「お気軽」な人たちの系譜が存在する。 「文豪」と言われる森鴎外などがその創始者の一人である。  高校の時に、「舞姫」を授業でやって、これは随分ひどい作品じゃ ないかとクラスメイトと騒いだことがある。  あの時は、どちらかと言えば女子学生がモラリティの視点から 抗議したのであるが、今考えると、結局森鴎外という人は考え詰めて いなかったからだと思う。  「舞姫」は世界観として甘いのである。  そもそも鴎外の世界観は甘い。  「我は森林太郎として死なんとす」なんて、なんたる甘さだろうか。 勝手にしろよ、馬鹿っていう感じぃでぇ。  漱石とは絶望感の深さが全然違う。  「高瀬舟」を読んだ時も随分いい気な作品だなと思った。 隠ぺいすることによって予定調和の世界を作っている。  あれが、お気軽なエンタメ時代小説の走りであろう。  だから、私は森鴎外を文豪と言わない。あれは林真理子の祖先である。  楢山節考である。  深沢七郎の「楢山節考」は、悲惨な世界を描いているように 見えて、実はどっか肝心なところを、考え詰めていないのではないか?  三島由紀夫や正宗白鳥が衝撃を受けたというのは、時代という コンテクストを抜きに評価しても仕方がないのだろうが、  なぜこの程度の作品に衝撃を受けるのか、正直不思議に思う。  別に神や存在の問題を作品の中で突き詰めろとは言わない。  一度突き詰めておいて、それを忘れてあの作品をかけば、 違った作品になったはずである。  あるいは、あのテーマは選択しなかったはずである。  漱石はいいなと改めて思って、去年玉英堂で買った漱石の子供の 絵を壁にかけた。  いつも出していると退色するかもしれないと言われたので、 ふだんはしまってある。  子供の姿に、何となく存在論的不安が感じられる。  私自身はどれくらい考えつめられるか? 森鴎外を批判する資格は あるのか?  絵を見て自分自身に問いかける。 2002.2.4.  荻窪の魚徳で恒例の「あんこう鍋の会」  入り口に、大きな鮟鱇が骨だけになってぶら下がっている。  あんこうの骨まで凍ててぶちきらる  やあやあやあと、塩谷の東大合唱団時代の同級生のW横山は、 1年振りの再会。  あれ、柏端達也さんはいつの間に東京に? と聞くと、 千葉大の哲学講座に移ったのだと言う。  都立大の数学の土屋さんはASAのウィンドブレーカーを着て。 新聞配達をしながら大学院に通っているのだ。  そして相変わらずの羽尻公一郎と池上高志。  柏端さんが、醤油のような瓶をテーブルの上にどん! と置いた。 いったい何だろうと手にとると、なんと、森伊蔵ではないか!  これは! と取り乱しつつ、速効でグラスを引き寄せとくとくとくと ストレートて。  「これはイモでしょう。」  「だけど上品だよね。」 と。  柏端さんの奥さんがもともと鹿児島出身なので、特別ルートて送られて きたものらしい。  舌福。  本マグロの刺身(まじで別の魚かと思ったほど、サーモンピンクで テクスチャも違う)、シャキシャキと衣が立っている牡蠣フライ、 あん肝(おい、塩谷、共食いだな)、、、と舌福。  高志のひざの上にいるユタカに声をかける。  「おい、ユタカ、いいか、2、3、5、7、11、13、17、 19、23、29、31、37、41、・・・・・・」  「おい、ユタカ、いいか、1、1、2、3、5、8、13、21、 34、55、・・・・・・」  「あれ、素数に興味を示すんじゃなかったっけ?」  「違うよ。あれは、奇数に興味を示すような子供はマズイという話を したんだ。」 と高志。  そこで親父が来て、今日のあんこうは15キロでしたと言う。 すかさず塩谷の8分の1だなと合の手を。  店の常連でなぜか今日は手伝いをしている若いにいちゃんが 座る。  「えーと、では、一つ小ばなしを。長年連れ添った老夫婦が、 旅に出て、しっとりと人生を振り返っていた。夫が妻に聞く。 「なあ、お前、おれたちも10人の子宝に恵まれたけど、一つだけ 判らないことがある。最初の9人はあんなに頭も良くて、ちゃんと しているのに、最後の一人だけ、できが悪い。なあお前、 今さら怒ることもないから、正直に誰の子なのか言ってくれないか? あの10番目の子は、誰の子なんだ?」  にいちゃんは時々淀み、あっちへ行ったりこっちへ 行ったりしながら喋る。  気の利かない塩谷が、「落ちがわかった!」と叫ぶ。  それでもにいちゃんはめげない。  「そこで、妻が、ためらいがちに「ごめんなさい。あなたの子なの。」」  にわにわにわとためらいがちな笑いが。  にいちゃんはテレながら座敷を去る。  「おい、こっちにいろよ。」  親父の声に、ちょいと間を置いて帰ってくる。  にいちゃんはあくまでもいいヒトである。  「えーっ、老婆心ながら、ただいまのが、お分かりにならない方 いらっしゃいましたか?」 それは何が何でも判りますよと一同笑う。  こちらの笑いの方が大きかった。  柏端夫妻は、これからラーメンを食べて帰る(勇者である!) というので、それではと別れる。  寒い。ぶら下がってンコウの骨も凍てているだろう。  寒い寒い寒いと家に帰ってきてみたら、NobokovのLolitaが amazon.co.jpから届いていた。    Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul.....  これは、まるでさっきの鍋の下のチロチロとした火のような。  明日電車の中で続きを読もうとその赤クロスの表紙を閉じる。 2002.2.5.  源氏物語の英訳が届いたので (The Tale of Genji. Lady Murasaki. Translated by Arthur Waley) 山手線の中で読んでいく。  いい。ぐっと来る。  これは、「魂」の小説だなと思う。  愛や死というものに人々の魂が突き動かされていく。  これにくらべれば、近来の小説はonly skin deepである。  新潮社の葛岡さんと松家さんが見えて、いろいろ話す。 フィクションとノンフィクションの話から、次第に映画の話に なって、松家さんが、  「みつばちのささやき」で、アンナが本当にフランケンシュタインに 会うところがあるでしょう、あれがいいですよねと言う。  そういえばそうだったなと思って、なんだかひさしぶりに見たくなった。  港千尋さんの「映像論」の中に掛れている盲目の写真家ユジェン・バフ チャルの話をする。  彼にとって、現像された写真はツルツルの紙に過ぎない。写真の体験の すべては、シャッターを押す瞬間の音や動きの気配にある。  彼は、不可触の闇の中に投げ込むために、シャッターを押す。  でも、我々だって似たようなものでしょう。旅に出る。シャッターを 押す。だけど、実は現像された写真を見てもそれほどの感銘を受けないし、 見返すこともあまりない。あれは、人に見せるためにある。  すべては、シャッターを押した瞬間に終わっている。  旅先での体験が、ある種のメタファー、言葉として脳の 中に定着したら、あとはそのメタファー、言葉を自分と一緒に持ち歩けば よい。  今朝の夢は、ゴジラである。  私は高層ビルの中にいる。  まず鳥瞰図で、ゴジラがビル街の中に立っているのが見える。  なんだか、エボナイトのような色のゴムでできていて、ふにゃふにゃ しているがとにかく巨大である。  視点が変わって、私はビルの中から間近に迫ったゴジラを見ている。  延髄に衝撃が走る。  女の子が窓際に行く。ゴジラが手をのばす。女の子が乗る。 ほら、信じられないことが起きても、人はすぐにその現実に慣れてしまう。  そこで眼がさめる。  あんな質感のゴジラは、映画でも何でも見たことがなかった。 あれは、いったいなんだったのだろうとしばし考える。  奇妙に、巨大なエボナイトのふにゃふにゃが気になる。  しばらく、あのゴジラを自分と一緒に持ち歩くことになるかもしれない。  昔学生相談所で下山晴彦さん(現東大教育学部)と半年間箱庭をやった。 あの時、「ジャングルの中の白い小人」が突然現れた。  たいていのモティーフは説明できたけども、あれは説明できなかった。  白い小人と同じように、エボナイトのゴジラを しばらく自分と一緒に持ち歩くことになるかもしれない。  私の無意識がシャッターを押して、私の意識が刻印したエボナイトの ゴジラを。 2002.2.6.  微かに揺れているかなと思ったが、すぐにおさまった。  机の上のプラスティックのコップも揺れていない。 気のせいだったかと思って、前を見た。  須藤さんが仙台からほやの一夜漬けを持ってきたので、 お土産にもらってずっと置いてあった富山の酒を 飲もうと思った。  Journal Clubの後、大会議室に集まって、 「シェリーの時間だ」といって、コーヒーサーバーのプラスティック・ カップの中にトヤマ酒を入れて回す。  純米吟醸である。  「こんなにうまい酒は初めて飲んだ」 と柳川が叫んでいる。   須藤さんは、来年修士1年に入ってくる人であるが、 結婚している。  そのだんなのお母さんが、交差点で止まっていて、 後ろからトラックに60キロで突っ込まれて亡くなった。 それで仙台に行った。  だんなは卒論の真っ最中だった。  Journal Clubの前に、コアルームの横のソファに何人か 座って、須藤さんに様子を聞いた。  どうも、こういう時はうまい事が言えない。  トヤマ酒を飲んでいる部屋の中に、横長のvegaが 置いてあって、  良く見るとHi Visionと書いてある。  あれ、と西川がスィッチを入れると、ちゃんと入る。  NHKが写る。明石家さんまが写る。  ハイヴィジョンはどこだとさがすが、見つからない。  テロップが出ている。  茨城県南部を震源とする。。震度2。。。  何周かしても、まだやっている。  茨城県南部を震源とする。。震度2。。。  さっきのは、幻覚ではなかったのだと思った。  今日に限って、あのかすかな揺れが何かをシンボライズ しているような気がしてしばらく考えたが、良く判らない。  そういえば、新潮社のヒトが来たときに、 人間は狂気の縁を巡っているという話をしたのだった。  言葉を使うということ自体が、動物から 見れば狂気の沙汰だ。  成熟したオスが3頭、ソファに座り、向かい合って、 こうやって1時間も音をやり取りして夢中になっている。  頭の中には、スペインがある、暗闇がある、遠い星座がある。  しかし、客観的に見れば、3頭の成熟したオスが、ぶざまな 格好でソファに腰掛けている。  これはもう、どう見ても狂っている。  LSDの幻覚を引き起こすドラッグに夢中になるのは、人間 だけだそうです。。。。  トヤマ酒が気持ち良く回っていた頃だった。  あの揺れは何をシンボライズしていたのだろう。  そう言えば、本当は地震がないのに、揺れたような気がする 時がときどきある。 2002.2.7.  箱根湯本からタクシーに乗って、つづら折りの山道を 上っていく。  すっかり暗くなった空に、それでも山の端がうっすらと 見える。    小涌園ニューペガサスに着くと、フロントの人が 「もうお連れさんは全員来ています。」 と言った。  夜集まって、朝解散ということで温泉に来た。 竹内薫が仕事をし過ぎて身体が弱っているというので、 みんなで保養しようというのである。  本当は、彼の妹のさなみさんも来る予定だったが、 耳が痛いというのでリタイア。  講談社のブルーバックス編集部の小沢久さんと 千葉大の「おしらさま」哲学者、塩谷賢も。  こもれびの湯に入り、レストランに 集合。それではそれではと生ビールを飲む。  「日本の学生のレベルは落ちるところまで落ちている。 私のところに来る質問のレベルも、落ちるところまで 落ちている。このままじゃ本当にやばいよ。」 と薫。  「いやあ、最近酒が弱くなってしまって。前は朝から ビール飲んでいたんだけどね。42歳というのは厄年というけど、 急にがたんと来るね、ホント。」 と小沢さん。  「うむむうむむうむむうむ」と塩谷。  何だかよくわからないが、ビールを飲んで赤ワインを飲んで、 それでごろごろした。  明けて朝は古代檜の風呂に入る。  さっとご飯を食べてさっと解散。  国会は解散しないけど、温泉おじさんたちは解散。  またやりたい夜ー>朝温泉。 2002.2.8.  結局、塩谷賢と小田原の「だるま食堂」で昼食をとって、 それで新幹線で帰ってきた。  塩谷賢は、私の思春期以降の「ダチ」の最古参。  駒場をぼんやりと歩いていた18歳の春、細身で 黒い学生服を着た「熊」のような男が目にちらついた。  場の古典論、論理学、佐藤の超関数論と全学で10人くらいしか とらないような授業に行くと、何故か彼がいた。  今ではおしら様で見る影もないが、あのころは本当に細身の 熊だったんだよなと思いつつ、サヨリやアオリイカをぱくつく。  「お前は、なんで仕事をしないんだ。」 と私はもう10年くらい言い続けてきたことをまた言う。  日本の哲学界で知らない人がいないほど、彼の異能は秀でているのに、 論文を書かない。本を書かない。何もしない。  「いや、どうも、言葉で定着するということが信用できなくてね。 どうも、自分の身体が、言葉というものとうまく寄り添っていないような 気がするのだよ。」  塩谷の返事も、10年変わらない。  困ったおしら様だ。こいつに比べて才能のない人たちが それなりの論文や本を書いてそれなりに有名になっていくのに、 おしら様は何もしない。 そのクセ、どこの会議に行く、どこの学会に行くというのだけ 熱心なので困る。  ここ数年は、千葉大の土屋俊さんのプロジェクトに入れてもらって、 金回りがいいのだ。  それでおしら様はちょっといい気になっている。  「お前が哲学の博士号を取る前に、オレがとっちゃうぞ」 と半ば冗談で、半ば本気の言葉を吐いた瞬間、何だかだるま食堂が 揺れ始めた。  「おれは・・・それを言うなら、この外的世界全体のリアリティが ないんだよ。」  塩谷の、言葉に定着することが信用できないということに触発 されて、そんなことを思い出してしまった。  論文を書く、本を書く。それが流通する。人々が拍手喝采する。 だるま食堂にいく。サヨリを食べる。てんぷらを食べる。  そんなことのリアリティが実はクオリア問題に気が付いたころから 本当はなくなっているのだ。  それでもプラクティカルな問題として仕事をして、ご飯を食べ、 空間移動している。  根本問題としては、私もおしら様と同じようなアパシーを抱えている。 そんなことを思い出したので、だるま食堂が揺れた。  帰りの新幹線の中で、USAのpatentを読み、evaluateし、CSLで 重要なブレストに出た(内容は秘密)。並列計算に関する論文を downloadし、急いで読んだ。そんなプラクティカルな活動をしつつ、 なんとなくおしら様のアパシーのアフターテイストがずっとほろ苦く残った。  おしら様は、単に、正直なだけかもしれない。  おしら様くらいアパシーに正直になれば、周りの人がお供えを 持ってきてくれるのかもしれない。  (実際、彼の妻や土屋俊さんは、お供えをもって来ている。)  おしら様の道は私の道ではないが、ああいう存在が社会の中に いてもいいのかもしれない。  山手線の中でそんなことを思いつつ、しかしこの電車は誰かが 製造し、誰かが電気を供給して誰かがハンドルを握らないと動かないのだ と思った。 2002.2.9.  時折、じりじりとした不安に駆られることがある。  いても立ってもいられなくて、何か確かなものをつかみたくなる。  安定したもの、確固としたものと自分がつながっていることを 確認したくなる。  昨日の朝もそのような不安の発作に襲われて、 そのことについてしばらく考えているうちに、ああそうか、これは、 世界というものにリアリティを感じなくなるというベクトルの 裏返しなのだなと気が付いた。  存在論的乖離と、存在論的不安がちょうどコインの表裏になっている。  万有の真相は、唯一言にして悉す。曰く「不可解」。  このような言葉を残し華厳の滝に身を投げたのは、一高生の藤村操 だ。  確かに、この世界は「不可解」の一言に尽きる。  私が世界をクオリアとして見る時には、藤村操になる。  それでも私が藤村操になりきらないのは、存在論的不安がバランス をとっているかららしい。  存在論的不安は、あっちに行くなという警告らしい。    BBCのThe Blue Blanetがイギリスのアマゾンから送られてきて、 週末にゆっくり見ようかなと思っている。  定評のあるアッテンボローのシリーズの中でも、特に出来が良いらしい。  「世界の海洋の驚異を息を飲む映像でとらえている」とある。  どうも、マーケットメカニズムなどというものはろくなものではない ということは、民放のテレビ番組のくだらなさを見れば判る。  チャラタレを出すのは、その方が視聴率が高いからだと言う。  だったら、自由市場などというのはその程度のものなのである。  このところ料理を自分で作りたいという欲望が非常に強く、先週末 は餃子の皮を作ったりしたのだが、納得行くようないい食べ物を作りたい というベクトルと、なるべく手を抜いて、ごまかして、利潤を最大化したい というベクトルはお互いにそっぽを向いているということが実感として よく判る。  即席カレーを一時期良く食べたが、もし自分で作ったら、あんなに 貧弱な肉をあんなにちょっぴりしか入れないということはないだろう。  あれは、なるべく材料費を浮かして利益を最大化して、味は調味料 でごまかせばいいやという発想の産物である。  もし、世の中からNHKやBBCがなくなって、民放ばかりに なったらと思うと、ぞっとする。  書籍の世界でも、NHKやBBCに相当するものがなくてはならない だろう。  ベストセラーリストを見るたびに、カップ麺や即席カレーを思い出すのは 私だけだろうか?  フーコーの『狂気の歴史』がベストセラーリストに顔を出すことはない。  マーケットメカニズムは、どうやら、上質のものを作り出すという 意味では害をもたらすものらしい。  このあたりをちゃんと理論化しているものがあれば読みたいし、 自分でもゆっくり考えてみたい。  「ニーベルングの指輪」の来日公演をやっているが、このような 人類の文化の至宝が、ルートヴィッヒ2世という狂気のパトロンが いなかったら完成していなかったかもしれないというのは重大な 問題を提起している。  マーケットに任せていても、「ニーベルングの指輪」は生まれないのだ。  こと文化に関しては、マーケットメカニズムなど下らない。  J−POPもいいが、マーケットに乗らないものをこそ きちんと拾っていかないと、毎日レトルトカレーを食べる羽目になるぞよ。  さて、今日は何を作ろうか。」 2002.2.10.  ソニーの人たちと喋っていると、よく 「魂」という言葉が出てくる。  あの製品のあそこには、○○さんの魂が入っているからね。  魂を込めなくちゃだめだ。  おっ、いよいよ魂がこもりだしたな。  ・・・・・  これは、一見曖昧なことを言っているように聞こえるが、 実は大変明確なことを言っているのだと思う。  言葉を紡ぎ出すのであれ、  数式を展開するのであれ、  精密機械をつくるのであれ、 やはり「魂を込める」ということに相当するものはある。  見かけだけでごまかしていると、一時的にブームになることは あっても、結局消えていってしまう。  残るのは、魂を込めた作品だけである。  難しいことを言っているのではなくて、 要するに何かを作っている時に、 自分の心がどのような状態か、それを冷静に観察してみれば判ることだと 思う。  本当に納得の行くものを作った時、  自分自身が、それを作ることで、どこか今まで知らなかった場所に 運ばれていくような気がする時、  その時魂がこもる。  NabokovのLolitaを読み始めている。  苦笑せざるを得ないようなところもある小説だが、  ある意味でのsincerityは感じられる。  Sincereにしてperverseな小説である。  But that mimosa grove--the haze of stars, the tingle, the flame, the honey-dew, and the ache remained with me, and that little girl with her seaside limbs and ardent tongue haunted me ever since--until at last, twenty-four years later, I broke her spell by incarnating her in another.  主人公が成就しなかった初恋の人のことを思いだし、それがいかに 彼の後年のperverseな性的嗜好に転化していったかを書いた部分である。  Nabokovがセント・ペテルスブルグに生まれたのは1899年、 アメリカに移住したのが1940年、最初の英語の小説を書いたのが 1941年(The real life of Sebastial Knight)、Lolitaを書いたのが 1955年である。  私も、上くらいの文章が書けるようになってみたい。  ネイティヴじゃないとダメだとか、そういう類の話は私は 信じない。  例え事実そうだとしても、そんなことは知ったこっちゃない。  「男の脳、女の脳」の類の話と同じで、脳というのは、お前は こうだと言われたら、ああそうですかと自己暗示されてしまう ところがある。  (主婦の友社の「地図が読めない女、話を聞かない男」は いろんな意味で最悪最低(ゲロゲロー)の本である。私のベストセラ ー嫌悪はあのあたりから悪化している。)   事実、ネイティヴじゃないと見えないもの、男の脳(女の脳) じゃないとできないことがあったとしても、そんなことは知ったこっちゃ ない。  知ったこっちゃないとやることによって、音速は破られるかも しれない。  音速が破れなくても、成層圏が見えるかもしれない。  先日九州から飛行機で帰る時、空の上の方が少し黒ずんでいて、 ああ宇宙が透けて見えるのだなと思った。  成層圏は、魂を込めた人にだけ見えてくる。 2002.2.11.  おしらさま哲学者、塩谷賢が八王子にマンションを買ったというので 見に行った。    その前に、ステーキの「うかい亭」というところで待ち合わせた。  日本では珍しいvalet parkingで、「およよ」と思う。  洋館の中にガレのランプをしつらえて、ソファでアペリティフが出る。  うーむと思っているうちに塩谷が来て、  ではではと部屋に行くと、どうも我々のpartyだけのために 目の前の鉄板で焼いてくれるらしい。  さすが、おしらさまの連れてくるレストラン。  と思っているうちに但馬牛の見事なサーロインとヒレ肉が 運ばれてきた。    サーロインの赤身と脂身を切り分けて、 赤身はレアで焼き、脂身の方をかりかりに焦がす。  なるほどなるほどと言いつつぱくぱく食べる。  「いやあ、うまい、肉の道楽というのもいいね」 と言っている間に2時間半経っていた。    マンションは八王子駅から歩いて6分の8階。  おしらさまのお住まいはここですか、と上がり込んで、  ドラゴンクエストが目に入ったのでやりながらお茶を飲む。  帰りの中央高速で、久しぶりにJoan Baezをかける。  We shall overcomeは、バックで若者たちが小さく合唱している のが「時代」でいいよなと思っているうちに、ふと、竹内薫たちと 温泉にいった時に、「東京タワーから飛び降りた男」のニュースを聞いた ことを思い出した。  ジェットコースターでさえ「すーっと」するのだから、東京タワー から自由落下したら、ものすごく「すーっと」するだろう。途中で 気を失うと言われるけども、どれくらい「すーっと」したのだろう、 そう考えているうちに、待てよと思った。  スペースシャトルの地球周回軌道は、無重力である。ずっと落ち続けて いるのと同じである。宇宙飛行士は、ずっと「すーっと」し続けている のだろうか?  地上にいる限り、無重力状態というのは、落下している状態である。 ならば、スペースシャトルの中で漂っている宇宙飛行士は、ずっと 「落下し続けている」ことを感じ続けているのだろうか?    どうも、最近、真空とか成層圏とか、落下とか、そういうメタファーが 好きになっているな。  この地上の猥雑な生活空間に、飽いているらしい。    一つストイックに生きてみるか と思った頃は、環八で、バッハのパルティータがかかっていた。  今朝になって、冷蔵庫の前に立って、オレは今地球とともに 宇宙空間をものすごいスピードで移動している(と考えることもできる)。  地球の自転とともに、宇宙空間の中でものすごいスピードで 回転している(と考えることもできる)。  しかし、地球の公転や自転は、生物にとっていわば「背景情報」 だから、それらを関知するセンサーは進化の過程で発達しなかった。  今おれは、観念の世界を通して、これらの運動を感じている。  この猥雑な生活空間が、突然成層圏になる。    成層圏の中でコーヒーを飲み、Herald Tribuneを読む。 2002.2.12.  日が西に傾く頃、大泉中央公園に行った。    この公園には、小高い芝生の丘がある。サッカーボールを蹴りながら 丘を駆け上った。  丘の上で、膝を抱いて、座る。    しばらくぼんやりみているうちに、おや、ブリューゲルのようだな と思った。  「子供の遊び」、あるいは「雪中の狩人」のように、人々が 広大な空間に散らばって、それぞれが好きなことをしている。  全体として、一つの意匠になっている。   とりどりの防寒具が、微妙な色の配置を実現している。  日本には、自分の生活空間にはブリューゲルのような風景はないと なんとなく思っていたが、   単に、それは視点を知らなかったからだなと思った。  視点を変えることで、今まで見えなかったことが見えてくる。  シチューの中に、タイ米を入れてみた。  イメージとしては、タイ米がさらさらとした野菜になるはずだったのだが、 できあがったものはべとべとのおじやのようなものだった。  しかしウマイ。  食べながら、これは考えてみるとホワイトソースのリゾットではないかと 思った。    白ワインはシェリーグラスに2杯しか飲まず、ソファに腰掛けて 倉橋由美子の「あたりまえのこと」を読む。  小気味良い小説論の本である。太宰治、三島由紀夫、村上春樹 あたりを斬って捨てるところが一番ジャーナリスティックには オモシロイのだが、一番心に残ったのは、源氏に関する次の一節だった。  「宇治十帖」では光源氏がいなくなったあとの秩序の崩壊した 世界を見せられることになるが、物語ではこうして太陽系の誕生から 死までの記述を思わせる叙述を通じて時間が進行し、秩序の崩壊とともに その時間も消滅する。このあとに残る「物のあわれ」はまことに巨大な ものである。これに比べれば登場人物たちが何かにつけて「情」(ココロ) を動かされて泣く女々しさなどは「物のあわれ」としてはほとんど 取るに足らないような気がしてくる。  0の時が来る少し前に眠りに就く。  ホテルの地下に洞窟があって、朝、オバサンの漕ぐ小舟で会議 の会場に向かう。  ふと目を上げると、船着き場に北野宏明さんがいて、 眼鏡を上げながら、「今日は酔っぱらっているから」と言った。 2002.2.13.  来年M1で入ってくる関根崇康くんと恩蔵絢子さんがゼミで 卒論の発表をする。  関根君は先週の金曜日に初めてパワーポイントを触ったという わりには、ちゃんとグラフィックスを駆使している。  ゲーム理論を使った、複占のメカニズムの解明。  Band Wagon効果で、凸なゲームのコアはφでないとか。  恩蔵さんは、量子カオス。スタジアム型のスピン系ではエネルギー ギャップの分布がウィグナー型になる。  修論を出しに来た樺島研の保坂くんも加わって、 五反田の「あさり」で飲む。  柳川透くんは「心の理論」で何をするかまだ悩んでいて、 とりあえず何か簡単なことから初めてみたらと。  大体において、意味から入ると、物事は進まなくて、 意味を超えた単純なところから意味が立ち上がって行く。  柳川君は頭がいいから、どうしても意味が気になってしまう ところがあるのかもしれない。  最寄り駅から家まで歩く。暗がりで時折目を瞑って歩く。  しばらく前に、そんなことをやっているうちに、 木というのは暖かいものだということに気が付いた。  探る手が立木に近づくと、ほんのりと暖かさが増してくるのだ。  切り取られてベンチになったり、杭になっている木ではダメで、 生きている木でないと暖かくない。    生命活動のもたらす暖かさ。  その微かな暖かさに触れて、木の中に脈打っている生命の 気配を感じる。  自分も、冷気の中を歩く暖かい棒である。    雪原の中を、カリブーが群れをなして走って行く。白い蒸気が カリブーたちのいる場所から立ち上る。  冷気の中では、生命とは暖かさのこと。  椋鳩十。 2002.2.14.  田園都市線の中でTim CraneのElements of Mindを読んでいた。  渋谷が近づく。人が増えてくる。  駒沢大学で、初老の男女が乗ってきた。  「それで、弟の方は法政大学の法学部の方に行ったんだ。」  「まあ、頭がいいのねえ。」  「そんなこともないけど。でも、弁護士になるって言っても、それも 大変だからって言ったんだ。」  「ふうん。」  「上の方は、叔父が中学校の教頭やっていたから、いつでも入れて もらえると思ってたからね。私立でもいいって言ってたんだ。」  「すごいわねー。」  「いやあ、子供の努力だから。親は何もできないからねえ。」  「そんな。すごいわね。」  男は風呂敷の中に額のようなものを包んでいる。女と同じくらいの 背格好である。  渋谷で、二人も私も降りた。同じペアで滑るスピードスケートの 選手のように、前後にほとんど重なりあって階段を上って行くのが見えた。  野澤くんの博士論文の最終審査で、すずかけ台に行った。  審査が終わって、書名して、ハンコを押した。  居室に行ったら、柳川くんがいた。  「てんてん」に電話した。今行けば間に合う。  柳川くんはお昼を食べていたが、もう一度食べた。  天ぷらを食べながら、心の理論についていろいろ議論した。  SimPeopleというゲームを教えてもらった。  それから、田園都市線に乗った。  Tim CraneのElements of Mindを読みながら、黄色い線を引く。  駒沢大学で初老の男女が乗ってきて、法政大学の話を始めた。  しばらく前に、塩谷に教えてもらったAnalysisという哲学論文誌 を拾い読みしているが、これは一体どういうことだろうと 考え込んでしまった。  どの論文も、シンプルで明快な日常的な英語で書かれている。  それで、最近の日本の一般向けの哲学書の位置づけについて考えた。  永井均さんや、野矢茂樹さんや、最近では青山君の 本(タイムトラベルの哲学)は、「一般向け」だと思われているけれども、 専門の哲学書というのは、もう少し難解なものだと思われがちだけども、 実は英語圏の分析哲学では、あれくらいの単純明快さが専門家の間でも 標準なのではないか?  だとすると、一部の哲学専門書の晦渋さは、一体何なのだろう?  あれは、現地ではおいしいワインが、船で日本に運ばれてくる うちに妙な渋みが入ってしまったようなものなのだろうか?  ポストモダンの哲学も、フランス語で読んだら、 同じくらい単純明快なのだろうか?  日本の輸入哲学は、ブラジリアで食べる寿司のようなものか?    気が付いたら、マラソンをしていた。  全然準備をしていないのに、参ったなあと思った。  途中で、高架から電車の上に飛び移らなければならなかった。  ピアノ線でつるしてあるらしく、ふらふらと揺れたので慌てて 飛び戻った。  そんなにグズグズしているのに、前に誰も見えず、次第に不安に なって来た。  駅の横の坂を上る時に、振り向くと、ゼッケンを着けた逆立った髪の毛の 男が見えて、それでやっと安心した。 2002.2.15.  エンジンを切った時、ちょうど、アリアの前の変奏が終わるところだった。  最後まで聞こうと、ヘッドライトを消して後ろにもたれた。    20メートルくらい先の民家の灯りが暗闇の中に放射状に広がる。  グールドの1981年の録音。デビューの録音に比べて、ゆったりと。 紅茶の葉っぱが沈んでいくように。  どうも、音楽というのは、移動しながら聞くものかなと思う。  景色が流れないことに、違和感が生まれる。  移動し、景色が流れることは、すなわち、時間が可視化される ことである。  音楽も、また、時間の中を流れる芸術である。  もし、モーツァルトの時代に移動しながら音楽を聴く手段があったら、 宮廷の部屋に座って聴くよりも、移動しながら聴くことが 流行したに違いない。  ゴールドベルクのアリアは、モナリザの微笑みに似ている。 カカオのよく利いたチョコレートが、ぎゅっと絞られ、やがて微かに 溶けていく。  モナリザはダヴィンチの自画像だという説があるそうだが、ゴールド ベルクもバッハの内面の写しなのだろう。  最後の響きが終わって、次のCDが作動しそうな気配があったので、 慌ててスィッチを切って外に出た。  ろくな裁判もせずに多くの微罪の人、時には罪なき人を死刑にする。  法律はあってないようなもの、個人の剥き出しの欲望で恣意的に ルールを決める。  チベット、モンゴルなど、縁もゆかりもない人たちをかってに併合して 自国だと強弁する。  中国の政治文化は、地球上のガン細胞だと以前から思っていたが、 どうやらアメリカのそれもそうなのではないかと思うようになった。  とりわけ、中国の場合は、心ある人なら一見して嫌悪感を抱かせる ある意味ではほほえましい無邪気さがあるが、  アメリカのそれは、一見美辞麗句の下に本質的な暴力性が隠蔽 されるという意味で、より罪が深いのかもしれない。  未臨界核実験のことである。  ハリウッド映画を好んで見る人がいる。 マクドナルドのハンバーガーを好んで食べる人がいる。  気が付かないうちに全身に毒が回っていく。  ハリウッド映画の方は以前から見ずにクズ籠行きだが、  しばしば自分で料理するようになってから、マクドナルドの ハンバーガーの恐るべき薄っぺらさに身体が気が付いた。  池上高志と住吉祭りにいくはずだったのだが、 いつの間にか一人で消えてベンチで弁当を食べ始めている。  追いかけていくと、すでに池上高志は消えている。  仕方なく、一人で住吉神社に向かう。  途中で、古代ローマの廃墟を通る。  ここは魔術師が罠をしかけているはずだと思った瞬間振り返ると、 イチゴ色をしたチェス駒が2体ある。子供くらいの背丈。  あれが罠だ! と思った瞬間、全身の毛が逆立つ。  再び正面を向くと、今度は足元にイチゴ色の塊がある。  何とか、石のドームにたどり着く。  すっと屋根に飛び上がる。  白いハスキー犬が襲って来る。  牙が喉に向かってくる。  間一髪、巴投げをしたところで目を開けると、夜の底が白んでいた。 2002.2.16.  Australiaの知り合いから、「最近、人間とコンピュータの インタラクションについて、ブレイクスルーがあった」 というメイルが来た。  どんなブレイクスルーかは教えてくれなかったが、 BREAKTHROUGHというその単語が心に染みいった。  BREAKTHROUGH。それが欲しい。  先日の野澤くんの博士論文の最終試験の時、私は、こんな ことを言った。 「ここまでいろんなことを形式化して、抽象的な操作をする。 その能力は評価されるべきだと思う。  だけど、本物になるためには、最後に定理なり、予想外の結果なりを出す。そして、その結果自体は、途中の七面倒な形式化や操作を 忘れてしまっても、『ああ、あんな結果があるんだ』と人々に判る。  そうならないといけない。  水の中にいったん潜ることは必要だけど、最後に、真珠を深海の底 からとってきて、『ほら、こんなに綺麗な真珠が』と人々に 見せられなくてはならない。潜ったままではダメだ」  そんなことを言った。  あれは、半分自分に言っていた。  『脳とクオリア』を書いた時には、ブレイクスルーがすぐそこに あるような気がしていた。  その後、志向性の問題とか、システムの問題とか、曰く言い難い 問題にぶつかって、ベクトルがブレイクスルーというよりは、 認知の複雑さをその多様性においてとらえるという方向に向かった。  『心を生みだす脳のシステム」は、ある意味ではそのような方向の 極北だった。  志向的クオリアと感覚的クオリアという視点から、認知現象全体 の鳥瞰図を目指した  いろんな人が、あの本はミラーニューロンや心の理論 といった最近の認知科学のいい教科書だと感想をくれた。  一方で、編集の大場旦さんは、本が終わった時に、 「もう少し「跳んだ」仮説を出しても良かったかもしれませんね」と 言った。  本というものは難しいなと思った。  恐らくまた二年くらいは、脳科学プロパーの本は書かないと 思うけども、今やりたいのは、ブレイクスルーを志向して ぎりぎりと詰めていくことである。  最初は「表象と生成の精密学」をいうのを日本語で3000部 くらいで出そうと思っていたが、  Tim CraneやAnalysisやKripkeを読んでいるうちに、 いいや、いっそのこと英語で書こうと思うようになった。  池上高志が、会った時から、「本当の先端のことというのは、その時に 2、3人のことしか判らないんじゃないか」と言っていた。  私は、いつも、「ダーウィンの進化論は、画期的に新しいとともに みんなに判るじゃないか」と反論していた。  今考えると、恐らく、最先端のことを考えて水の中に潜っている 時は2、3人の人にしか判らなくて、真珠を見つけて浮上してくると、 その真珠だけは多くの人に判るのだろうと思う。  ダーウィンは、真珠を見つけたのだ。    渋谷の東邦生命ビルの近くを歩いていたら、前から塩谷賢が 歩いてきた。  哲学者仲間と一緒にいる。どこかで研究会をやったらしい。  朝10時くらいだが、早めの昼食に入ろうか、と行った店。  大きな畳の部屋の中にこたつが設えてある。  こたつに入ると、いつの間にかみな綿入れを着ている。  塩谷は喋るのだが、哲学者仲間は黙り込んでいる。  顔が良く見えない。  白い無関心のようなものが伝わってきて、こたつに入っているのに 身体が寒くなった。 2002.2.17.  私は、夜髪の毛を洗うことは絶対にしない。    金曜日に熱を出して、それでも必死になって国際会議のabstractを 一つ終わらせて、ふらふらになって土曜日に突入して、 夕食後、お風呂に入ろうではないかということになった。  そこで魔が差した。頭が痒かったのである。  思わずシャンプーに手が伸びた。  今朝、鏡を見て、深く後悔した。  私の髪の毛は爆発だと良く言われる。朝洗っているから あの程度なのであって、夜洗ってその後寝てしまった時に、 朝どういう状態になっているか。  中学校の時、朝会の列の中で飛び出している髪の毛を何回も 押さえたり、  水道のところで水を付けて横ちょんまげをなだめようとしたり、 そんな記憶がよみがえってきた。  あの頃は、夜洗っていた。  人間の行動は失敗から学んで進化するが、先祖帰りすることもある。  時折、心の中で厚い鉄の扉が下りて、もう二度と後ろには 戻れないと感じる時がある。  どうも、一つの扉が最近下りたように思う。  それは、「ポピュラリティ」というものに見切りを付けた ということである。  できれば、どの組織にも属さず、南の島か何かで仕事をしたい。  我々の場合、金があって義務がなくなったら仕事をしないということは なく、むしろのびのびと自分のやりたいことをやるから、かえって 社会に貢献できるはずだ。  学部学生の頃から、竹内薫とそんな話をしていたように思う。  竹内と私の場合、「ベストセラーを書く」ことが、そこへ至る 一つの道のように感じられていたように思う。  今、本業の方も忙しい時期を迎えているのだが、その一方で ずっと放ってある集英社新書の原稿を少しづつ書いている。 旬のメディアだし、いっそ「ベストセラーねらい」をやろうか と思った時期もあったのだが、最近になって急速に、きちんと した内容の長く読まれる本を書こうと思うようになった。  いわゆる「ベストセラー」があまりにも下らないからである。  市場主義と文化の質の関係は、マジメに議論すべき問題である。 「いいものは人口に膾炙する」なんていうのは、全くの嘘である。  TSUTAYAの書籍売り場に行くと、頭が痛くなって逃げ出したくなる。  あれで、売れる物を置いてあるのだろう。  人工甘味料だらけのプリン、すかすかで向こうが見える食パン。  豚のような顔をした作詞家のくだらない恋愛本。  コンピュータに書かせたのではないかと思えるほど、中身が薄い 小説本。  うんざりする。  衆愚という言葉は使いたくない。  私にはトラウマがある。  中学時代のクラスメートとの つきあいが原点にあるのだと思う。  夜の街で火をつけていたやつが、消防士になった。  卒業後、車を止めて電話ボックスから通話していたら、車を 盗むやつがいて、よく見たら同級生だった(という話を聞いた)。  そんな笑い話に事欠かないくらいある意味では荒れた学校だったのかも しれないが、  今でも、会えば、やあと言って酒を飲むだろう。  私のどこかに、まだ、いいものは誰にでもわかるはずだという 信仰のようなものがある。  しかし、TSUTAYAのような馬鹿書店の現状を見ていると、 そのような信仰は、どうやらあまり実際的ではないようだ。  小林秀雄など、「本人が驚くほど売れた」本居宣長だって7万部 だと講演の中で言っているのに、一体どうやって生活していたのだろう?  いったい、女との貧乏暮らしから始めて、どうやって、鎌倉で 骨董三昧をするようになったのだろう?  小林くらいの内容の文章を書きつつ南の島で暮らせるのなら言うことは ないが、豚顔の作詞家や自称面接の達人が書く類の「味の素系クズ本」を 書いて南の島暮らしをしても仕方がない。  直木賞はともかく、ジュンブンガクのはずの 芥川賞でさえ最近は人工甘味料系なのだから、救いようがない。  (町田康には一時期だまされたが、すぐ飽きた)。  今朝の斉藤美奈子の「猛スピードで母は」の書評は笑えた。 彼女を芥川賞の選考委員にして欲しい。  まあ、やるべきことをやりつつ、地道に生きていくしかない。  昨日、チャーハンの中にアボカドを入れてみたように、小さな 工夫をしながら。  それにしても、小林秀雄は一体どうやって暮らしていたのか、 今度新潮社の人に聞いてみよう。 2002.2.18.  日経に書評が出たというので、  斜面に残った森の中を抜けて図書館まででかけていった。  このあたりは「憩いの森」と呼ばれている。  一角が、丁寧に維持されている。カタクリの群生があるのだ。  斜面を下っていくと、囲いの中でおじいさんが黙々と作業している。  木々が、おじいさんの作業を見下ろしている。  日経を熱心に読んでいる別のおじいさんがいた。  仕方がないので、他の新聞をちらちらと見て帰ってきた。  産経新聞のクロスワードを誰かがやった跡があったので、少し楽しくなる。  図書館で日曜の朝クロスワードをやる。悪くないかもしれない。    日経は、セブンイレブンで買うことができた。    書評のせいか、夜になると、アマゾンで順位が2桁になっている。 おやおやとウレシイ。おとなしい内容の本なのだけども。  美術館に抽象画が掛かっている。誰かがやってきて、「上下が逆に なっています」と指摘する。二十年間誰も気が付かなかった・・・ よく聞かれるジョークだが、デ・クーニングは、描いている途中に 実際くるくると絵をひっくり返していたのだという。  「彼はキャンパスを天地逆さにしたり九〇度倒したりしながら、描いて ゆく。今まで谷間に見えていたものが山になったりすることはしょうちゅう だった。・・・作品が完成したように見えた瞬間に天地を逆さに してサインすることもあった。」  (港千尋著 「記憶 「創造」と「想起」の力」 講談社選書メチエより)  こういう話は面白い。指で絵を描くタイプの画家の真贋は指紋で判る という話も読んだことがあるが、絵にまつわるある種のメタフィクション の問題で、オモシロイ。    天の橋立に行った時、ここで「股覗き」をやってみろという看板が あった。いい大人が皆一生懸命自分の足の間から覗いていた。  他人から見れば情けない格好だが、みんな笑いながらやっていた。  もちろん、私も覗いてみた。  一人で行ったから、他のおじさんたちのように、覗いている様子を 写真にとってもらうことはできなかった。  あの「股覗き」というのは、何だったのだろう。  景色自体が変わるというよりも、ボディ・イメージが揺らいで、その 揺らぎが景色に投影される。それで、目で見える風景が化学反応を起こす。  空が下になる。落ちるような気がする。  重力と視界のベクトルが交錯し、奇妙な志向性が立ち上がる。  志向性が見るものに影響を与える。  体験の意味は、後からわかる。繰り返し繰り返しその時に訪れる ことで、後からわかってくる。  最近大切にしているメタファーが、また立ち上がる。  あの時、私はまだ大学院生で、脳のことなど考えもしなかった。 2002.2.19  何だか、ほろ苦いな。  ジョージ・ブッシュと小泉純一郎の共同記者会見を見て、 そう思った。  私は、ジョージ・ブッシュについては、一貫して批判的だった。  特に「悪の枢軸」発言に対しては、批判的なことを書いた。 そんな私が、共同記者会見を見て、ほろ苦くなった。  以前、日米学生会議でアメリカをずっと回ったとき、何人か、 アイビーリーグの学生が来ていて、ああ本当のエリートというのは こういうものかと思った。  例えば東大の法学部の学生も「エリート」と言われているのかもしれ ないが、意味が違う。  東大法学部はせいぜい日本の中での(没落しつつある)チャンピオン であるが、  アイビーリーグの学生は、実際に世界に自分の体重を乗せている 感覚がある。  アメリカは、まさに今言語的にも文化的も経済的にも世界の「中枢」 である。  何かをしようと思ったら、本当に出来るかもしれない。  そのような雰囲気の中で育つ学生は、言葉の使い方が控えめ、 行動志向的になる。  日本の言論人のスタンスは、基本的に「批判者」としてのそれである。 辺見庸のような人が典型である。  彼の書いていることが良くないということではない。  ただ、実際に世界を動かす可能性のある人と、何を書いてもせいぜい インテリと心ある人たちの共感を得るだけの人では、言葉の意味が 異なってくる。  言葉への、油の乗り方が違ってくるのである。  ブッシュ、小泉の記者会見を見ていて、そんなことがぱーっと 見えてしまったので、私はほろ苦くなってしまったのである。  変な時間に起きてチャンネルをザッピングして見ると、 テレビ、特に深夜番組というのは何だかわけの判らない人たちが わけの判らない人たちに向かって発信しているメディアになっている んだなと思う。  私は中学まで田舎者だったから、テレビがプライム・メディアという 感覚がどこかに刷り込まれていたのかもしれないが、  最近とみに「劣化したメディア」という感覚が強くなっている。  唯一、ニュースやスポーツなどの情報系の番組は見たいと思うが、 あるいは自然番組や、練り上げられた芸術番組は見たいと思うが (11時からのカラヤンは見たかったけども、見落としたらそれは それで大したことではない)、後はどうでもいい人たちが どうでもいい人たちに発信して勝手に消費しているということが 判ってしまった。  こんなことも、日本の文化の中枢にいる人たちは最初から 判っているのだろう。判っていて、利用できるところは 利用しているのだろう。  世界の仕組みが判ってしまうことは、いいことかどうか 判らない。  水に入れた金属ナトリウムの反応が止まりつつあるのかもしれない から。  だが、このほろ苦さは、 春になって土の中から頭を出す若芽のほろ苦さだと思いたい。  オリンピックがツマラナイという人がいるが、 ここに出てメダル争いをしている国同士は、戦争をすることが なさそうなのも事実である。  オリンピックというのは、実際に何らかの形で世界を動かしている 巨大なマシーンなのだ。そのマシーンに実際に油を注いでいる 人と、ただカウチ族をしている人の言葉が違ってくるのは当然のことか。 2002.2.19.  何時は絶対に通らない時間に駅の前を通ったら、 「読売旅行」という旗を持った制服のお姉さんがいる。  その前に、おばあさんが一人立っている。  都市の生態系、時間の棲み分けとつぶやきながら近づいて いくうちに、旗のお姉さんの前の人が3人に増えた。    午前九時前にすずかけ台に着いた。  修士論文の審査を7人分しなければならない。  情報圧縮、タッピング、小脳、道具使用、強化学習、対連想。    五人終わったところでお昼になる。の前柳川君と天丼を食べた と日記に書いたら長島君がいいなあと書いたので、3人で 天丼を食べた。  終了後、11階のゼミ室でゼミをやりながらビールやワインを飲む。 柳川君は、相変わらず悩んでいる。  いっそのこと、ECVPに出してしまおう、ついては、そのネタは、 揺らぎと動的適応性にしよう、それで、エディンバラに行って、 帰りにケンブリッジに寄って、オックスフォードの数理生態学の 人に会おう。  そのようにdecisionをしたことが今日の最大の成果か。  ピザーラが配達してくれるか実験しようというので電話した。  五十分かかりますからと言われた。 鍵がかかっているから、長島君が建物の外に出た。  「今日は混んでいると言っていました。」 と長島君が言う。  皆、修論の打ち上げで飲んでいるのだろう。  「駅前のコンビニも、ほとんど酒が売り切れていました。」  チャリンコを飛ばしてきた長島が言う。  東工大のすずかけ台キャンパスには問題がある。 周囲が住宅地で、ほとんど飲み屋や喫茶店がないのだ。  その点、私の大学院生時代は恵まれていたと思う。  気が向くと、不忍池に歩いた。根津に歩いた。千駄木に歩いた。 気の合う友人とは、浅草まで歩いた。  喫茶店や飲み屋にたむろして、議論した。  あの時間が、今思い出しても楽しい。  オレが学生とよく飲むのは、あの時間の楽しさを 彼らにも伝えたいと思うからかなと、  学生がイタズラ書きをした白いテーブルを見詰める。 2002.2.21.  田森佳秀が来た。  明日からボストンに行く前に、CSLに寄った。  リュックを一つしか持っていない。これは、確かベルギーで買った やつだ。  「リュック一つで旅行する、いよいよマッド・フィジシストだな」 と言ったら、  「25日に帰ってくるから」と返事。  3Fのコアルームで話す。  何回もコーヒーサーバーのところに行く。  「コーヒーの味が良くなったね。」と言う。 飲みたかったら、何時でもどうぞと答える。  田森とは、理化学研究所の92年からだから、もう10年になる。 エピソードには事欠かない男である。  サヴァン的な男である。  一時期、薔薇の折り紙を折るのに凝っていた。山手線の中で 一体何回折るんだと尋ねたら、  しばらく黙っていて、駅を2つくらい過ぎた時に、「84回かな」 と答えた。    理研の食堂からフロンティア研究棟に戻ろうとする時、突然走り出した。  部屋に戻って、一体どこにいったんだろうと考えていると、 「あ〜危なかったあ」と言いながら帰ってきた。  昼食に食べたうどんが不味くて吐き出しそうになったので、 あわててトイレに駆け込んだというのである。  クオリアの問題に目覚めたころ、 田森と論争をしたことがある。  私が、今現に自分の外にあるものにしか鮮明なクオリアを感じない といったところ(その頃は、感覚的クオリアと志向的クオリアの区別を 明確化していなかった)、田森が、そんなことはない、イメージ したものでも、クオリアを感じると言った。  じゃあ、お前は、カップをイメージしたら、本当にカップを見ている のと同じようなクオリアを感じるのか、と聞いたら、 田森は白い壁の方を向いた。  うーんと力を入れている。  「確かに、本当に見るのよりは薄ぼけている気がするけど、 思い切りがんばれば、「明るさ」を強くすることができる」 そう田森は言った。  田森の写真は、「生きて死ぬ私」の106ページにある。  京都の新駅ビルのエスカレータで横向きを撮った。  その田森が、CSLに来た。  彼とは、延々と数学の話をするのが一番面白い。  山手線の中でも、数学の話をした。 ローカルな因果性とグローバルな因果性の話をした。  測地線が点化する一般原理がある、そんな話をした。  混んだ電車で、周囲には客がびっしりである。  そういえば、街を歩きながら、ホモトピーとか 濃度とか様相とかそういう単語をピンポンするのがレゾンドエーテル のように思っていた時代があったなと、 学生時代を振り返る。  田森とは、そういうコノテーションに予告なしにすっと入っていける。  近来希である。  新宿の「千草」で飲む。壁の竹の切断面と節の関係。 切断面はそろっているが、節が楽譜のように跳ねている。  ああ面白い。  「熱燗や 桜なき月の 脇役者」という 中村伸郎の色紙がある。  私にとっての中村伸郎は、やはり小津の『秋刀魚の味』である。  二十年近く前、この「千草」によく来ていた時期がある。 それから、現在まで、時間が飛んでいる。  あの頃も、私はこうしてこの竹の壁を見つめていたのかなと、 ふと時間の流れが切なくなった。 2002.2.22.  午後は南半球に電話したり、 エクスナレッジの井松さんにお会いしたり、 ブレインストーミングに参加したりしてあっという間に過ぎた。  暗くなった街に出ると、空気がふうっと柔らかい。  暗闇の中、白いものを付けている木が見える。  地球の太陽に対する傾きの相対が変わって、 小さき存在たる私もそれを感じている。  世界の真実というのは、行為することから離れて、 感じたこととしたことの総体をもはや操作不可能な地点から 眺めて、  そこから立ち上がるものを受け止めることでしか 見えてこない。  だから、行動することに熱心な国では世界の真実が 案外判らないものだということは当然のことである。  このような我々の認知の成り立ちをきちんと押さえて 態度を決めていかなくてはならないのだろうと思う。  ブッシュと江沢民が並んで記者会見する。  人権問題についての質問は無視する。最後に、 英語で法治国家だから、私にもできないことがあるのだ、 彼らは国内法に抵触したのですからとまくしたてる。  となりで不快そうな顔をする男がいる。  この時、どちらに私の共感が向かうかというのはもはや 明かである。  アメリカとつき合う方が得だから事を荒立てまい。 そういう精神に私は嫌悪を覚える。  誰を死刑にするのか、何人死刑にするのか、 そのようなことを、国内の安定とかそういう文脈でしか 考えられない輩に私は憎悪を覚える。  結局、人間の精神をある種の形而上学と真摯にカップル させるという態度は、ある時期のヨーロッパで生まれ、 そして東アジアでは未だに理解されていないことなのだと 思う。  WESTを規定しているのは、肌の色や目の色ではなく、 形而上学に対する真摯な態度である。  人間と人間の関係、現世の利益、そのようなものにしか 興味を示さない東アジア的態度は私を圧迫する。  ジョージ・ブッシュの方がましである。  もっとも、生身の人間としての江沢民に会ったとき、 私の中ではきっともっと柔らかで暖かいものが立ち上がるだろう。 ビル・ゲイツに会ってもそうだろう。  ミームのメディアとしての特性以上の何かを、 常に生き物としての人間は持っているからである。  ミームの淘汰と、そのメディアとなっている生身の人間一人一人の 存在の総体の間のギャップにどう向き合うかというのが、 実は一大倫理問題である。  そんなことを最近考えている。  瀬名秀明さんがCSLに取材に来て、ちょっと話した瞬間に、 私がネット上に置いてあった彼の小説の酷評がなんだかいやになって 消してしまったのも、ミームとそのメディアの間の齟齬に対する 感覚だったのだと思う。 2002.2.23.  春の季語に「ダチョウ」はあったか?  朝、家から鍵の字に延びる細い道をランニングしていると、 ダチョウがいる。  大きな茶色い塊からにょきにょきと首が出ているのが 見えて、数秒かかって、「あれ、ダチョウだ」と思った。  立ち止まり、振り返ると、やはりダチョウだった。  ダチョウがいる。  クリーム色の服を着たおじさんが、ダチョウの横に立っている。 ダチョウの首が、おじさんの頭の上にある。  鉄パイプが組まれ、直方体がダチョウたちを囲んでいる。  もともと、住宅街の中に、空き地があった。  去年、老人ホームが出来た。  そして今朝、ホームの横に、鉄パイプが組まれ、その中にダチョウがいる。  家から駅に向かう途中に、大きな楠がある。  双眼鏡を手にしたお兄さんが、こちらを見ている。  楠の下の広がりの向こうから、こちらを見ている。  両足をしっかりと踏ん張って、双眼鏡が目と一体化してこちらを 見ている。  楠の下には、椅子があって、その横にビニル袋がある。  双眼鏡と椅子はつながっているなと思う。  通り過ぎる。  ビニル袋の中に「小鳥の餌」と書かれた小袋がある。  見ると、梅の木にメジロが来ている。  春である。  春の季語に「双眼鏡」はあったか?  春の季語に「ダチョウ」はあったか?  あってもなくても、双眼鏡とダチョウが私に春を連れてくる。  「あさり」で、池上高志が前に座っている。  白い細かい糸がぴょこぴょこ出たセーターを着ている。  そのセーターいいなと言うと、横から谷さんが 「茂木さんのは安そうですね」と言う。  ユニクロだからと言うと、高志が 「ユニバレしているよ。」と言った。  今年の冬は服を買っていない。札幌でユニクロを買い、 山口市でコートを買った以外、何も買っていない。  どこかに出かけ、寒くなって何か買う。それだけの冬。  ダチョウも来たし、双眼鏡も来たし、そろそろ服でも買おうかと思ふ。 2002.2.24.  両親の家に向かって車を走らせながら、 Yes, Prime Ministerを聴く。  Yes, Ministerが、主人公が出世して首相になったので Yes, Prime Ministerになる。  日本の政治システムは相変わらずの混乱ぶりだけども、 このBBCの古典的なコメディーに現れている精神に学ぶべきことは 多いように思う。  イギリスにも、官僚制はある。事務次官に相当するのは、 Permanent Secretaryである。政治家の圧力もある。小選挙区制 なので、選挙区の利害には敏感になる。象徴王制もある。なぜ、 生まれだけで特権を享受しなければならないのかという議論もある。  特殊法人への天下りもある。要するに、日本の政治システムの 問題として挙げられているものは何でもある。  それが、コメディーのネタにもなっている。  ただし、宗男のような輩はいない。あのような下品な人間の場所は、 Yes, Prime Ministerにはない。基本的にエリートたちの世界の 話である。エリートとは何かと言えば、世界の運営の仕方に ついての叡智と戦略を持っている人たちである。国家を 繁栄させていくこと、世界の中で自国の利益を守っていくこと、 同時に、自由や民主主義といった価値を実現させていくこと、 そのようなことに関して、はっきりとした視点を持っている人たち である。そのような美点があるからこそ、日本と全く同じ ような病理現象が存在しても、最後に救われる。心から、笑うことが できる。登場人物を、admireすることができる。 誰でもかかえる人間的弱さを見つつも、admireすることが できる。  宗男のスキャンダルにはそのような救いがない。せいぜい、 アホの坂田がネタにするだけである。  車窓をパチンコ屋が通り過ぎていく。  ああそうだ、日本の民放のゴールデンは、まるでパチンコ屋 のようだなと思う。  TBSの午後7時からのプログラムは、次のように書いてある。  泣いた!笑った!ムカついた!今夜はドカンとソルトレーク五輪 大打ち上2時間生放送スペシャル!! ミスター、モー娘、里谷や 選手も一緒に打ち上げ! 元彌ママも久々登場 なっち&家元のキャスター 奮闘記 あの選手が石橋貴明だけに語った真実  書き写しているだけで目がチラチラしてくる。  これはパチンコ屋である。パチンコ屋のちんじゃらが好きな 人もいるだろうが、7時から10時くらいまで、全民放がパチンコ 屋になる国も、異常である。  ツタヤなどの街の書店も、パチンコ屋と化している。  このような日本の知的退廃が、失われた10年と関係あるというのが 私の見立てで、分数ができない大学生の問題よりもよほど気になる。  私の周りにパチンコ屋に入り浸る人はほとんど見ないが、 マーケットの様子を見ると、パチンコ屋文化が好きな人が沢山いるらしい。  失われた10年が、20年、30年になる可能性もある。  ため息が出る今日この頃の日本である。  梅があちらこちらで咲いている。  まるで、空気の中から析出してきたように。 2002.2.25.  休耕田の中をふらふらと歩いていたら、 ずぶっと靴の底を貫いて何かが足の裏に刺さった。  震度2くらいの痛さで、 すぐに藁だと判った。    藁が刺さるとは奇怪なと裏を見ると、 ソールがひび割れしていた。  ECCOの紐のないやつを買った。  ついでにカルビ焼き肉も買った。  変人の本で読んだ、自分の所に来たものはとにかく捨てない人の ことが気になっている。  そのために倉庫も幾つか借りたらしい。  とにかく、その人のところに来た物体は、空き缶であれ、 王冠であれ、ビニル袋であれ、新聞であれ、一切捨てずに 倉庫の中にストックしていくらしい。  単なるケチではない。形而上学的なものを感じる。 私を、一体どれくらいの物質が通り過ぎていったことだろう。  どれくらいの食物が通り過ぎていったことだろう。  そのために、どれくらいの生き物が死んでいったことだろう。  私という存在は、大量のゴミと死骸の山の上にいる。  その山の中に、昨日、カルビと靴が加わった。  変人の本の人のように、 私を通り過ぎていったものたちを、倉庫に入れてみたら どんな景色になるだろう。  別れるということに人はやがて慣れるものだが、 物心ついて最初にものを捨てた時はどんな気分だったかなと思う。  自分がはき慣れた靴がゴミ袋の中に消えて行く時、 単に不要品を処分するということ以上の何かが今でも心の 中に立ち上がっているように思う。  それが何かを、私たちはかなり正確に把握していて、 ただ言葉に出来ないだけではないか。  倉庫を作ってしまった人は、そのあたりの心の動きに 潔癖だったのだろう。  両親の家で、椎名誠の「全日本食えばわかる図鑑」を読みながら 風呂に入ったら久しぶりに面白かった。  椎名誠やたき火や山登りをちょっと入れた方がいいような 季節である。 使用しなかった部分  TBSの番組欄に 深夜午前1時から、「パルジファル」をやるとある。  それが午前8時まで続くとある。   しかし、残念ながら、昨日の番組欄である。  しかしおかしいな、こういう番組をやるかなと 思っているうちに、これはどうも怪しいなと思い始めた。  いつの間にか、「数字占い」と称する人が、 若いサラリーマン二人にああだこうだとまくし立てている。  それを、私は後ろであきれながら聴いている。  意識の明かりがついて、様々なものが見える、その舞台が切り替わる 間の暗闇の経過時間がどうなっているのか、不思議に思う。 2002.2.26.  数年前、筑波で神経回路学会が開かれた時、 田森佳秀と一緒に会場を歩きながら、ある人のことを罵倒していたことがある。  あれは下らない研究だ、それなのに威張っている、けしからん。。。  いわれなく「自分がエライ」と思っている人に対しては単純な椎名誠的 反発をする。  その時も、そうだったのかもしれない。  午前のセッションが終わって、周りの人に「お昼に行きませんか?」 と声をかけて回っていた。それで、はっと気が付いたら、その罵倒した当の 相手にも、声をかけていた。にこやかに笑いながら。  田森に後でさんざんからかわれた。  「こいつ、散々けなしておいて、お昼行きませんかとか言っていやがるの。 いいかげんな奴だなあ。」  どうも、これは私の場合繰り返し起こるパターンのように思われる。 遠く離れた抽象的な存在である時に、いくら罵倒する相手でも、目の前に 生身の肉体として現れた瞬間に、にこやかに接してしまう。  田森の言うように、いいかげんなやつなのかもしれないが、最近、 ああそうかと思うことがあった。  どうも、私はミームとそのメディアとしての人間との齟齬に敏感の ようなのである。  鈴木宗男のミームは弁護の余地がない。だが、そのミームの担い手である 鈴木宗男という生身の人間には、必ずミームでは規定し切れない剰余がある。 その剰余の方に、私の無意識は反応してしまう。  実際、鈴木宗男とだって、その剰余を肴ににこやかに酒を飲むかもしれない。  銀行の強盗犯が射殺される時、タリバンの兵士たちの上に絨毯爆撃が 行われるとき、私の身体の中から立ち上がる感情は、ある行動なり 思考のミームとそのメディアである人間を同一視することに対する 強烈な違和感であるらしい。  人間の脳が驚くべき可塑性を獲得して以来、メディアとミームの乖離は いわば制度化された。  制度化されているものならば、ミームそのものとメディアである 生身の人間をエレガントに分離して扱うべきである。  死刑制度は剰余に目を瞑って初めて成立する。  井上智陽の展覧会に行って、小町の「いさむ」で飲んだ。 他に講談社の小沢久さん、竹内薫。  智陽は小、中の同級生だが、最近「鎌倉楽食日記」が売れて メディアに出始めた。  今発売のオブラの別冊のイラストも描いている。  竹内薫が10年前に日本経済新聞社から処女作「アインシュタインと猿」を出した 時もそうだったが、良く知っている人がミームの流通市場に出ていく時の 感覚は奇妙なものである。  世間はミームを通してその人を知る。  私は流通しない以前から知る、生身の肉体の存在を受け止める。  それがミームとメディアの関係から見た友人の定義かと思う。  どんなに売れている人、名前の知られている人でも、肉体自体は流通 し得ない。「いま、ここ」に存在せざるを得ない。  その感覚があるから、キアロスタミの映画は良い。  キムタクの顔を見ている限り、あいつにはその感覚はない。あるいは その問題の所在に気が付いていない。  私が、チャラタレを嫌う理由である。  もっとも、問題はチャラタレ自身にあるのではなく、世間との 共犯関係の中にある。 2002.2.27  「タイムトラベルの哲学」の青山拓央さんに勧められた 内田百けんの「東京日記」を読む。  不安になる。  要するに、現実と仮想の切れ目が判らない。  しかし、考えて見ると、そもそも言語空間は全て仮想である。  フィクション、ノンフィクションという安定した大地があると 思うこと自体がおかしい。  ジェームズ・ジョイスはそこからあそこに行ってしまったのか と納得する。  札幌に出張でモノレールに乗る。  大井競馬場で馬が見える。  「東京日記」から出てきた馬のようである。  雪が見える。  札幌に降る雪の仮想が現実の空間に投影される。 2002.2.28.  新札幌の喫茶店にいると、鈴木健太郎さんが来た。  所沢ナンバーで、札幌学院大学に向かった。    研究室に入る。「まずはやって見ますか」と言われた。  テーブルの上にカップが6つ、インスタントコーヒー、粉ミルク、砂糖、 お湯、それにクッキーが置いてある。  トレイにカップを置いて、インスタントコーヒーを入れて、クッキーを 皿の上に置く。  この動作をしている間に、手の運動は、合理的な動きから小さく外れる。  無意識に外れる。  ためらうようにある方向に伸びてさっと戻ったり、  カップの取っ手にちょっと触ってまた離れたり、  手を伸ばす途中で形がふいと変わったり、微少な動きをする。 このような揺らぎを、「マイクロスリップ」という。    いきなり被験者になるとは思わなかった。 だが、やらないと、コーヒーにありつけないらしい。  「あっ、いま起こった!」などと叫びながらやった。  「学者は偏屈だから。でも、その割に起こりましたねえ」 と言われた。    すすきのに出て、「めんよう亭」でジンギスカンを食べた。 「幾つにします? 5つくらいですかねえ。」とおかみ。  生ビールで流し込む。  「知っているバーがあります」と。  3人で歩く。客引きが声をかけてくる。よく 聞き取れない。  同じ場所を2回目に通った時、「はい、注意事項をよく理解してから お出かけください」と聞き取れた。  そう言いながら、地図を渡そうとする。  スピーカーで「このあたりに出る客引きの 店は、ぼったくり等の悪質な場合があるのでご注意下さい」と 大音量。その下で「どうですか」と声をかけてくる。  どうにも間合いが妙だ。  近くに「たぬき小路」があるし、  たぬきの毛が風に舞っているような気がする。  南3西3の「バーやまざき」。マスターが客の横顔の紙切り をしたり、トランプ手品をやったりするのを見る。  ウィスキーの瓶の中に煙草の煙を入れる。女が、「きゃーコワイ」 などと言う。マッチを近づけると、ぽーつと火が中に入って消えた。  まるで鬼火のようである。  「北海道に来て、同僚は良く飲みます。とにかく飲みます。それで、 最後は麺で締めます。」  「やっぱりラーメンですねえ。このあたりに?」  「山頭火というのがあります。すぐそこに。」  「あの有名な? 行きましょう。よくコンビニで買っています。 ホテル12時までにチェックインするって言ってしまったし。」  山頭火は、ひっそりとあった。 食券を買って待っていると、小振りのどんぶりが出てくる。  「わあ、コンビニのカップ麺と同じ写真だ。」  なぜか、麺の質感まで同じように思えた。  やっぱり、こういうのは違っていた方が良かったんじゃないかと どんぶりに言う。  3℃だ。  今年は異常なくらいです。  雪も熔けています。  どうもありがとうございました。  今度来るときはデータを持ってきます。 と長島の肩を叩いて、  あっちだあと帰っていく。  腹の中で、羊とワインと麺が会談をしているらしい。