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心脳問題RFC #15 脳科学のシステム論的転回

茂木健一郎

ソニーコンピュタータサイエンス研究所

kenmogi@csl.sony.co.jp

1、脳というシステムの理解へ向けて

 脳の情報処理メカニズムを理解するためには、脳全体をシステムとして理解する必要がある。

 このような認識に基づいて神経科学のデータを解釈し、脳に関する理論を構築する必要性がますます強くなっているように思われる。 

 養老孟司氏は、20世紀の科学がやり残したことの一つが、細胞というシステムを人工的につくることができなかったことだと述べている(2000年11月、京阪奈ロボットフォーラムにおける発言)。あるシステムを理解できたということは、そのシステムを人工的に構築できるということである。20世紀の生物学は、DNAの二重らせん構造の解明に象徴されるような、細胞の分子レベルの構成要素の解明において大きな進歩を記し、また構成要素の相互作用についても多くの知見をもたらしたものの、細胞について、それを人工的に構築可能なほどのシステム論的理解を獲得するまでには至っていない。北野宏明氏は、システム生物学の必要性を主張し、制御工学などの発想を細胞というシステムの理解に役立てることを提案している(1)が、このような試みは始まったばかりである。

 細胞は、我々が知る限り最小の自律的に増殖する生命システムである。ウイルスが生命と言えるかどうかが議論された時期もあった。ウイルスは細胞の中の代謝機構を用いて自己複製するだけであり、細胞のような、自立した自己複製機能を持たない。細胞が、自己複製機能を持つ我々の知る限り最小のシステムであるという点に議論の余地はないだろう。細胞は小さいとは言え複雑なシステムであり、そのシステムレベルの動作の本質を我々が理解しているとは言い難い。一方で、細胞というシステムには、人間にとって扱いやすい側面もある。すなわち、遺伝子の物理的実体であるDNAの配列という情報の単位があることである。DNAが蛋白質に比べて化学的に安定しており、また様々な人為的な操作も行ないやすいということが、今日における遺伝子工学の隆盛につながっている。

 もっとも、DNAの配列が明らかになり、遺伝子操作によって細胞の性質を改変することができるようになり、またクローニングなどの技術が進んだとしても、それだけでは細胞のシステム論的な性質が明らかになったことにはならない。遺伝子操作は、細胞という現時点では未知の部分が多いシステムの存在を前提にした上で、初めて可能になる技術に過ぎない。塩基配列をアミノ酸の配列に変換し、蛋白質を折り畳ませ、複雑な代謝ネットワークに取り込み、膜に囲まれた閉鎖空間の中で有用な生化学反応を起こさせる細胞という複雑なシステムの構築原理は、未だ闇の中に包まれている。

 一方、私たち人間の心を生み出す脳は、千億のニューロンとその十倍のグリア細胞が集まった巨大で複雑なシステムである。細胞というシステムを本当に理解できたと言うためには、人工的な方法で細胞を構築することができなければならないのと同じように、脳というシステムを理解したと言えるためには、人工的な方法で脳と等価なものをつくり出すことができなければならない。しかも脳の場合、身体と結びついて初めてその機能が成立するのだから、身体を含めた、人間そっくりの人工物をつくり込めるところまで到達しなければ、システムとしての脳を理解できたということにはならない。近年のヒューマノイド・ロボットの開発などに象徴される認知ロボティックスの研究(2)は、まさに、「システムを理解したと言えるためには、システムを人工的に再構築できなければならない」という視点から、脳の理解に迫るアプローチでもある。

 細胞においては、そのシステムの性質が十分には理解できなくても、DNAという人間にとって扱いやすい情報の単位の存在ゆえに、ある程度のシステムレベルの操作が可能だった。脳においては事情が異なる。少数のニューロンの活動の様子を電気生理学によって明らかにしても、それだけでは、DNAの配列のような、人間にとって操作可能で有用な情報を得ることにはつながらない。脳科学は急速に発達しているが、DNA配列のような、人間にとってすぐに利用可能な有益な情報が得られるという段階には至っていない。細胞においては、蛋白質の一次配列という情報が、DNAの配列という安定した「読み出し専用メモリ」によってコードされている。一方、脳の中で情報を表現しているのは、シナプスを通して複雑に相互作用し合うニューロンの活動膜電位(発火)の時空間パターンであり、人間にとって操作可能で有益な情報を取り出すことが、格段に難しい。脳の中の千億のニューロンの活動と、これらのニューロンがシナプスを通して結合しているパターンの詳細なデータのかなりの部分が明らかにされなければ、脳の情報処理機構をシステム論的に理解することは難しいからである。一部の情報が明らかになっても、そこから情報処理機構の全体像を理解することは困難である。この点に、脳の情報処理原理を解明しようとする際の、方法論上の難しさがある。

 細胞をシステムとして理解することすらできていないのに、脳をシステムとして理解するのは不可能だという見方もできるかもしれない。しかし、いつその目的が達成されるかどうかは判らないとしても、急速に蓄積されつつある脳科学のデータを、システム論的な視点から整理し、一つのモデルへと融合していく必要性は、ますます強まりつつある。脳科学におけるニューロンの発火などのデータは、脳全体のシステムの中の位置付けという視点から解釈しなければ、そもそもその機能的な意味が明らかにならないという性格を持っている。この点が、スプライシングなどの二次的な処理は介入するものの、基本的に蛋白質の一次配列と一意に対応するDNAの配列データと根本的に異なる。このような事情は、脳科学において蓄積されたデータが膨大になるにつれ、次第に強く意識されるようになってきている。

 いわば、脳科学は、「システム論的展回(systematic turn)」の時代を迎えているのである。

 

 

2、ミラーニューロンの発見

 

 近年の脳科学におけるシステム論的転回の必要性を象徴するのが、1991年にイタリアのグループによって発見された「ミラーニューロン」(3)であろう。

 ミラーニューロンは、自分がある行為をしても、他者が同じ行為をするのを見ても、同じように活動するニューロンである。ちょうど鏡に映したように、自分と他人の行為に

伴って活動するので、「ミラーニューロン」と呼ばれる。研究者が休憩時間にジェラートを食べていて、ジェラートを口に運ぶ度に猿の脳に刺した電極がニューロンの活発な活動を記録するのに気が付いたのが、ミラーニューロン発見のきっかけであったという。

 ミラーニューロンの機能的な役割は、まだ明確に位置付けられていない。他人の行動のまねをすること(イミテーション)や、他人の心の状態を推測すること(mind reading)において、役に立っているのではないかという説もある。これらの機能は、ミラーニューロンの反応特性から容易に示唆されるものであるが、感覚情報と運動情報を融合した処理、あるいは自己と他者の関係に関する複雑な情報処理を担う一連のシステムの要素として、ミラーニューロンの機能をより抽象度の高いモデルの中に位置付ける必要があるように思われる。

 ミラーニューロンが発見された猿の運動前野の近辺では、視覚で捉えられた物体に対して、どのようなアクションが起こせるか、言わば「運動のレパートリー」を表すと考えられるニューロンも見つかっている。例えば、コップを見た時に、そのコップをどのような手の形で掴むことができるか、そのような行為の可能性を表現していると思われるニューロンが見い出されているのである。

 ミラーニューロンや、運動のレパートリーを表すニューロンが成立するためには、目を通して入ってくる感覚情報と、運動のプログラミングを司る情報が、融合して処理されなければならない。このような融合処理が可能になるためには、本来性質が異なる感覚情報と運動情報の様々な要素が、共通の情報フォーマットで表現されなければならない。ミラーニューロンや、運動のレパートリーを表すニューロンは、視覚、聴覚、触覚などという感覚のモダリティや、感覚と運動の区別を超えて、脳全体のシステム論的な文脈の中に位置付けて始めてその意義が明らかになると言えるだろう。

 ミラーニューロンが、本来の実験の目的に基づくデータの収集中ではなく、休憩時間に「偶然に」発見されたことは、将来の脳科学の研究の進め方にとって教訓的である。脳の中のニューロンの電気的活動を計測する電気生理学においては、実験の計画、計測、データ解析に莫大な労力と時間を費やすため、ある程度の見通しの立つ実験デザインの下で、ある程度結果の予想のつくデータを収集せざるを得ない。視覚系のニューロンを視覚刺激を用いて研究する場合のように、どのような反応特性を予期すべきかが明らかな場合はこのような方法論が有効である。しかし、ミラーニューロンのように、「思いもよらない」ような反応特性を持つニューロンは、このような予め立てた計画に基づく実験では、捕まえることが難しい。ミラーニューロンのような、複数のモダリティを統合する「ハブ」のような役割をするニューロンは、特定のパラダイムを仮定しない、網羅的なサーチを経過して始めて発見できる。脳をシステムとして捕らえることが求められる将来においては、そのような「スクリーニング」的な研究の必要性が高まると言えるだろう。

 

3、システムの構築原理としての「使い回し」

 

 脳に対する淘汰圧の一つは、頭蓋骨の中の限られたスペースの中で数多くの情報処理機能を実現するということであると思われる。無限の計算資源が与えられれば、脳が行なっているのと同じ情報処理を、全く違った原理に基づいて(例えば、膨大なデータベースとアルゴリズムの蓄積によって)行なうことができるかもしれない。実際、チェスの世界チャンピオンを破ったコンピュータDeep Blueは(4)、高速の並列計算機の上に載った

データベースとアルゴリズムの化け物であった。一方、脳の情報処理原理自体を理解する上では、脳の置かれている「限られた計算資源」という物理的な制約条件を考慮に入れなくてはならない。この物理的な制約の中には、今日我々が知っているデジタル・コンピュータにくらべれば、脳は遥かに「クロック数」=「1秒間にニューロンが発火できる回数」が小さいという時間的制約も含まれる。時間的にも空間的にも限られた計算資源の下で、脳は人間が環境の中で適応して生きていく上で必要な様々な情報処理を実現しており、そこには、様々なシステム構築上の工夫が見られるだろうと予想される。

 自然が、脳というシステムを構築する上で生み出した工夫の一つが、例えば、単一の脳の領野を、様々な目的のために「使い回し」するとということかもしれない。

 後頭部にある第一次視覚野は、網膜から入力した視覚情報が視床のLGNを通して初めて大脳皮質に投射するエリアであり、典型的な視覚野であると考えられて来た。とりわけ、赤い色、透明感、金属光沢などの、視覚系を構成するクオリア(質感)が生じるには、第一次視覚野のニューロンの活動が不可欠であると考えられている。第一次視覚野を失った患者は、さらに高次の視覚野のニューロンの活動によりある程度の視覚情報判別の能力は残るものの、一切の視覚的クオリアを失った、「盲視」(blindsight)と言われる状態になる(5)。このようなデータから、より前頭前野に近い、高次の視覚野ならば、他の感覚のモダリティとの連関した情報処理に関わるかもしれないが、第一次視覚野は、おそらく、典型的に視覚情報を扱う領域としていいだろうと考えられてきた。

 しかし、最近の研究結果によると、第一次視覚野は、どうやら、典型的な視覚情報処理以外の役割も担わされているようである。TMS(コイルで脳に局所的に磁場をかけ、ニューロンの機能を阻害する)の方法を用いて、第一次視覚野の機能を阻害したところ、触覚を用いて格子の方向を判別するタスクができなくなったことが報告されている(6)。この阻害の効果は、格子の方向を触覚を用いて判別するタスクに特異的に起きる。同じ触覚でも、指に加えた電気刺激を検知することや、テクスチャを判別することは、第一次視覚野のニューロンの活動をTMSを用いて阻害しても影響を受けなかった。一方、触覚にかかわる体性感覚野のニューロンの活動をTMSによって阻害したところ、格子の方向の判別だけではなく、テクスチャの判別も阻害された。この結果は、典型的な視覚野であると思われていた第一次視覚野が、触覚を通して空間的な方向の判断をする際にも使われているということを示している。

 この実験から示唆されることは、第一次視覚野は、方向や距離、角度など、空間の中の正確な幾何学的情報を処理する際に、感覚のモダリティに関係なく使われているのではないかということである。体性感覚におけるボディ・イメージ(7、8)や、聴覚における空間把握においても、ある程度幾何学的な情報の処理は可能である。しかし、正確で安定した幾何学的な情報の処理においては、視覚系が最も優れていることは言う迄もない。このため、感覚のモダリティに関わらず、正確な幾何学的情報処理が必要とされる時には、第一次視覚野が利用され、運動と緊密に連関した空間の情報処理を行なう際には、体性感覚野が用いられるというように、タスクの性格に応じてモダリティを超えた脳の各領野「使い回し」が行なわれている可能性があるのである。

 脳の各領野の機能を、脳全体のシステム的な視点から見た時、モダリティの区別を前提にした機能把握では見出せない機能が浮かび上がってくる。例えば、「視覚」を、従来のような視覚的クオリアを伴う感覚のモダリティとして捕らえるのではなく、「空間的に正確な情報処理を行なう際に用いられるモジュール」として見直すと、上に述べたような「使い回し」の可能性が出てくる。同様に、聴覚も、聴覚的クオリアを伴う感覚としてではなく、「時間的リズムに関する情報処理を行なうモジュール」と見なせば、聴覚

が視覚に影響を与えるような現象()もうまく説明できる。

 このような、各領野のモダリティを超えた機能分担の見直しを進めることが、脳全体のシステム論的な構築原理を明らかにする上で是非とも必要であると考えられる。

 

4、クオリアや志向性を通した脳のシステム論的な理解

 

 脳は、言う迄もなく、私たちの心を生み出している臓器である。

 私たちの心は、トマトの赤い色、水の冷たさ、フルートの音色などの様々なクオリア、言葉の意味や、注意などの「志向性」(何かに向かっている心の状態)といった要素からなる様々な表象に満ちている(表1)。クオリアや志向性は、長さ、時間、電荷、質量といった数量化できる自然の性質と異なり、定量的な自然法則に載せるのが困難な属性である。このため、クオリアや志向性を科学の対象として取り込むことや、クオリアや志向性を要素とする様々な表象が生じる私たちの「心」を何らかの形で自然科学の中に取り込むことは、「難しい問題」(hard problem)であるとされている(10、11、12)。

具体例

対応する神経回路網と性質

クオリア

視覚的クオリア(色、光沢、透明感など)

聴覚的クオリア(ピッチ、音色など)

触覚的クオリア(熱い、冷たい、ざらざら、すべすべなど)

嗅覚的クオリア(薔薇の香り、硫黄の臭いなど)

味覚的クオリア(甘い、辛い、酸っぱいなど)

末端から中枢に向かうニューロン活動のクラスターに対応

(視覚的クオリアの場合、第一次視覚野に始まるニューロンの発火のクラスター)

ある程度固定的な回路(クオリアの変化は、主に外界からの入力の変化によって引き起こされる。同じ入力に対しては、ほぼ同じクオリアが引き起こされる)

志向性

 

視覚野の構造

「結び付け」の枠組み

顔、四角形などの形や、動きなどの、高次の視覚特

徴身体イメージ

言葉の意味

時間の流れの感覚

空間の広がりの感覚

「自己」の感覚

運動コントロールの感覚

運動の可能性(affordance )の知覚

中枢から末端に向かうニューロン活動のクラスター、及ぶ中枢での内部

ネットワークに対応。

文脈などを反映してダイナミックに変化。同じ外界からの入力に対しても、その時々で異なる志向性が引き起こされる。

表1 クオリアと志向性

*注 その後の思索の結果、現在では、クオリアと志向性を明確に分けるのではなく、前者を感覚的クオリア、後者を志向的クオリアと分類しなおした方がいいのではないかと思っている(2001.6.23、著者)

 しかし、クオリアや志向性からなる私たちの心の中の表象も、脳の中のニューロンの活動によって生み出されていることは疑う余地がない。ニューロンの活動は、膜電位や、発火頻度など、数量化できる性質として捉えられる。このように数量化できる性質として捉えられるニューロンの活動と、数量化できないクオリアや志向性からなる私たちの心の中の表象をどのように結び付けるかという問いが、いわゆる心脳問題である。心脳問題を考える際には、心を物質と対立させるデカルト流のやり方をとらず、むしろ、我々の心も、数量的な法則で記述されるニューロンの活動と一連なりの「自然現象」なのだという見方が必要であると考えられる。従来の自然科学が扱ってきたのが、数量化できる自然の性質の時間的変化を拘束する因果的必然性の表現だとすれば、そのような「第一性質」に伴って、必然的に生じてしまう私たちの心という「第二性質」の背後にある因果的必然性を記述する法則を見い出すことが本質的課題なのである(表2)。

因果的必然性のタイプ

因果的必然性の表現

物質系の変化(脳のニューロンの活動も含む)

位置、速度、運動量、質量などの定量的な変数が時間とともにどのように変化するかを決定する。

定量的、数学的記述(微分方程式、差分方程式、行列力学、セルオートマトン、経路積分など)

クオリア、志向性、自我などの心的表象(言語も含む)

物質系(脳)の状態変化(ニューロン活動の変化)に伴って、どのような心的表象が生じるかを決定する。

未解明

(心脳問題、言葉の意味論の問題として議論されている)

表2 因果的必然性の二つのタイプ

 

 クオリアや志向性といった心的表象の背後にある第一原理を明らかにすることは難しい。しかし、特定のクオリアや志向性を生み出している神経活動(neural correlates)が何であるかを解明することは、現時点でも追究可能な研究課題であると考えられる。すなわち、脳の中で、どのようなニューロンの発火の時空間パターンが生じた時に、私たちの心の中にどのようなクオリアや志向性が生じるのか、その対応関係は、明らかにできるのではないかと考えられるのである。このアプローチは、「視覚的アウェアネス」と対応する神経活動を明らかにしようという、クリックらのアプローチと本質的に同じ考え方である(13)。

 クオリアや志向性といった表象の要素に対応する神経活動を明らかにすることは、脳の情報処理機構をシステム論的に明らかにしようとする際、重要なデータを提供すると考えられる。そのことは、いわゆる「結び付け問題」(binding problem)(14)の考察を通しても明らかになる。

 視覚情報処理においては、色、形、動きなどの視覚特徴は、それぞれV4、IT、MTという脳の中で空間的に離れた場所で明示的に表現されていることが判っている。ところが、私たちが外界を見る時には、「赤い」(色)「花が」(形)「右に動いている」(動き)というように、一つに統合された視覚イメージが認識される。いかにして、脳の中の空間的に離れた領野で明示的な表現が得られている視覚特徴が「結び付けられて」単一の視覚イメージとして知覚されるのかという問題が、「結び付け問題」である。

 「結び付け問題」は、純粋に機能主義的な視点から議論されることがしばしばあるが、問題の定式化のされ方からも判るように、本質的に問われているのは、実は、クオリアや志向性といった私たち人間の表象を構成する要素が、いかに、脳の中の空間的にも時間的にも広がりを持ったニューロンの活動から生み出されてくるのかということである。脳は、空間的、時間的に分散したニューロンの活動が、コンパクトにまとめられた一つの情報処理の単位として扱えるように構築されたシステムであり、そのような情報のコーディングと操作の形式が、私たちの心の中のクオリアや志向性といった表象の要素が、物理的な時空の中で広がりを持ったニューロンの活動から生み出されるという事実によって示されている。このような視点からは、我々の心の中の表象の要素が、脳の中のニューロンの活動といかに対応して生まれてくるかを追究することが、脳というシステムの中で情報がいかにコードされているかという問題を明らかにする上で有力なアプローチであると考えられる。

 

5、発達過程を視野に入れたシステム論の必要性

 

 人間そっくりのロボットをいかにつくるかという問題を再び考えてみよう。

 現在存在する(ホンダ)や「SDR-3X」(ソニー)といったヒューマノイドロボットは、全て、技術者が徹底的に「つくりこんだ」アルゴリズムによって動いている。制御工学などの知識を総動員して、徹底的に細部迄つくり込むことによって、これらのロボットは、滑らかな二足歩行を実現している。

 システムとしての脳を理解するということが、人工的に脳そっくりのシステムを組むということを意味するのならば、人間そっくりのロボットをつくってみるというアプローチは欠かすことができない。しかし、現在のアプローチをとっている限り、やがて極めて現実的な限界が来ることはすぐに判る。すなわち、もし、システムの全てをつくり込もうとすれば、直接制御しなければならないコントロール・パラメータが膨大になり、現実的に動員できるエンジニアの数と作業時間を考えれば、事実上その実現が不可能になる複雑さの度合いが、必ずどこかで壁となって立ちはだかるだろうと考えられるのである。

 人間の遺伝子は、数万程度と言われている。人間の脳を含む身体は、遺伝子という数万程度のコントロールパラメータによって設計され、その後は、発生、発達、学習といった過程を通して、成人の脳を含む身体が出来上がって来るということになる。言語を流暢に扱うことのできる成人の脳の中のシナプス結合を直接操作しようとすれば、千億個のニューロン x 数千個のシナプス=数十兆のパラメータを制御しなければならない。このようなことは事実上不可能である。自然は、遺伝子だけを指定し、後は発生における形態形成や、発達における環境との相互作用といったプロセスにゆだねることにより、この「パラメータの爆発」の問題をクリアしている。私たちが、「システムとしての脳を理解するためには、脳そっくりの人工物をつくってみる必要がある」というスローガンをもし真摯に考えるならば、自然が採用しているような、比較的少数のコントロールパラメータと「自由放任」のプロセスの組み合わせで複雑なシステムをつくるという方針をとらざるを得ないだろう。

 しかし、まさにこのような視点こそが、従来のロボティクスにおけるシステム論において、必要性は認識されつつも、実際に設計論に用いることのできる具体的なモデルとしては欠落している点なのである。現状では、LSIの回路は全ての要素が人間によって設計され、コントロールされている。いかにして、少数のメタレベルのパラメータのみを設定して、後は発生や発達といったプロセスを通して成熟したシステムが自動的に構成されるようにするか、このようなシステムの設計論は、現状では殆どないと言っても過言ではない。

 心と脳の関係を探ることが難しいことは多くの人が認識しているが、脳という複雑なシステムを理解する上では、実は、パラメータの爆発をいかに回避するかというもう一つの困難がある。ここに、北野宏明氏が唱えるシステム・バイオロジー的なアプローチと、脳科学との、意外な結びつきがある。

 脳という情報処理システムの複雑な挙動から、いかにして我々の心が生まれるか? そして、脳という複雑なシステムが、せいぜい数万程度の遺伝子から、いかに構成されるか? この二つの問いは密接に結びついており、脳を、システム論的な視点からとらえていくことを、強く促すのである。

 

 

参考文献

 

(1)Kitano, H. Perspectives on Systems Biology, New Generation Computing, Vol. 18, 199-216 (2000)

(2)浅田 稔. ロボットの認知発達. 数理科学, Vol. 39, No. 1, pp. 74-80, 2001.

(3)Gallese V. & Goldman A. (1998) Mirror neurons and the simulation theory of mind-reading. Trends in Cognitive Sciences 2, 493-500

(4)Hsu, F.H. et al. Grandmaster Chess Machine Scientific American, October 1990

(5)Weiskrantz, L. Consciousness Lost and Found : A Neuropsychological Exploration. Oxford University Press. 1997

(6)Zangaladze, A. et al. INVOLVEMENT OF VISUAL CORTEX IN TACTILE DISCRIMINATION OF ORIENTATION. Nature 401, 587 - 590 (1999)

(7) Murata A, Gallese V, Luppino G, Kaseda M and Sakata H. Selectivity for the shape, size, and orientation of objects for grasping in neurons of monkey parietal area AIP. J Neurophysiol 83: 2580-2601, 2000.

(8) Iriki A, Tanaka M, Iwamura Y.Coding of modified body schema during tool use by macaque postcentral neurones. Neuroreport. 1996 Oct 2;7(14):2325-30.

(9)Shams L, Kamitani Y, Shimojo S. Illusions. What you see is what you hear.

Nature 408, 788 (2000)

(10)Chalmers, D. The Conscious Mind. Oxford University Press. (1996)

(11)茂木健一郎「脳とクオリア」日経サイエンス社 (1997)

(12)茂木健一郎「心が脳を感じる時」講談社(1999)

(13)Crick, F. The Astonishing Hypothesis.Touchstone (1995)

(14)Damasio, A. R. The brain binds entities and events by multiregionalactivation from convergence zones. Neural Computation 1(1) 123-132. (1989)

 

(C) 茂木健一郎 2001

 

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